本社のあるカリフォルニア州メンローパークの自宅でリモート勤務中のテネブは、こう語る。
「通常、市場が暴落して景気が後退すると、個人投資家は手を引き、機関投資家が得をするんです。それが今回、ロビンフッドの顧客が新たな口座を開設し、一方で既存顧客は新たな資金を投じ始めました。これは社会と経済にとって吉兆です」
とはいえ、実際に彼の「デジタル・カジノ」の収益をけん引しているものは何かを詳細に見てみると、彼の主張はいささか空々しく聞こえる。
創業当初から、ロビンフッドは顧客の取引データを販売することで利益をあげる設計になっていた。販売先はウォール街の“サメ”。つまり、投資家を出し抜くことに何十年も費やし、それによって何十億ドルも稼いできた企業だ。
ある分析によれば、顧客がリスクを取れば取るほど、ロビンフッドは売買注文の売り渡し先である“クジラ級”の企業からより大きな利益を得ている。
またロビンフッドは、経験の浅い若年層のトレーダーの呼び込みに成功したことで借金が原動力の強気市場に乗じた数人のミリオネアを生み出したが、一方で若い世代にオプション取引で成功するのはゲームでレベルアップする程度に容易だと信じさせてしまってもいる。
株式オプションとは、決められた価格で特定の期間に原資産となる株式を購入または売却する権利の売買のこと。複雑な仕組みゆえに長い間、最も高度な取引を行うヘッジファンドの領域だった。
1973年には3人の博士号保有者がオプション価格評価モデルを考案してノーベル経済学賞を受賞。そして今日、その数理モデルやバリエーションは取引ソフトにたやすく組み込まれ、複雑でリスクの高い取引の設定が数クリックでできるようになった。
こうしたツールが不慣れな投資家相手に売り込まれるとどうなるのか、今年6月、ロビンフッドは身をもって体験した。ロビンフッドの新規顧客の一人だったイリノイ州出身の20歳の大学生アレクサンダー・カーンズが、オプション取引の1つで73万ドルを超える債務を負ったと勘違いし、自ら命を絶ったのだ。
この出来事を受け、連邦議会では複数の議員がこのプラットフォームの安全性に疑問を呈した。
それでも何百万人もの利用者がこの病みつきアプリに群がり続けている。パンデミックによる取引急増のさなか、ベンチャー投資家から8億ドルを調達し、112億ドルという驚異的な企業価値を付けられ、テネブとバットの帳簿上の純資産はそれぞれ10億ドルになった。
今年2月のモルガン・スタンレーによる130億ドルでの「Eトレード」買収の成功や、シュワブによる260億ドルでの「TDアメリトレード」獲得から、ロビンフッドの企業価値も上場か買収によって200億ドルになるとみる向きもある。
問題は、ロビンフッドが世界に売り込んだ「小口投資家を助ける」というシナリオが、実際とは正反対だということだ。現実には小口投資家を、潤沢な資金を有し、苛烈な取引で他を押しのける「マーケットオペレーター」に売っているのだ。