和歌山の一軒家レストラン 創作を深めた「20年目の決断」

和歌山の一軒家レストラン「ヴィラ・アイーダ」の小林寛司シェフ


客足が途絶えて気づいたのは、「自分はテクニックを披露することばかりに夢中になって、料理の本質を忘れていたのではないか」ということ。地元客をターゲットにすることをやめて、原点を見据えた。

「目の前にある畑でとれる新鮮な野菜で料理をつくりたい。それを喜んでくれる、県外の人を呼び込もう」と考え方を変えたことが、今の成功につながった。明るいうちは畑で野菜を育て、暗くなったら仕込みをする毎日。当時、まだ都会でも珍しかったイタリア野菜は高価だったが、本場で修業してきた身としては、料理に欠かせない。「買えないなら、育てればいい」と、イタリアから種を取り寄せては育て、料理に使った。

自家農園の野菜は徐々に種類が増えていき、今では150種類にものぼる。その料理はファーム・トゥー・テーブルを超えた、「アグリガストロノミー」という、新しいジャンルの料理として認識され始めている。



昨日よりおいしく、昨日より新しく


過去の成功事例に縛られることをやめて、常に新しい料理を生み出そうとする小林にとって、歳を重ねれば重ねるほど、料理の創作は難しくなる。「新しくつくった」と思っても、以前つくった料理にどこか似ている気がしてしまうのだ。

「昨日よりおいしく、昨日より新しく。過去に作った料理を超える料理をつくりたい」という思いは、時には苦しいほどのプレッシャーとなってのしかかる。

そんな中、新しい創造を後押しするのは、移り変わる自然と向き合う畑仕事だ。花や葉のみずみずしい色合いや木々を渡る風の匂い。また、新業態にすることで可能になったポップアップや監修の仕事で、各地を旅することもインスピレーションとなっている。

「コロナ禍が落ち着いたら、もっと世界を旅したい。いずれは、自分の店と、監修などの仕事の収入が半々になれば良いと思っています。料理は食べるとなくなってしまうけれど、アートの一つ。食べた人に、そんな世界観を感じてもらえる料理をつくっていきたい」という。

自分のやりたいことに特化し、無駄を削ぎ落とすことで深められたライフスタイルは、さらなるオリジナリティの探究への道のりの第一歩でもあった。

文=仲山今日子

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