3回の連載記事が掲載されて間もなく、当時県警キャップだった井本拓志記者(31)に親しい県警幹部がこう言った。
「○○さんがえらく怒っているそうや。一度、顔を出しておいた方がええんとちゃうか」
(前回の記事:心理検査で「無防備さ」明らかに 人を疑わない性格が災いとなった)
その幹部が出した名前の人物は事件当時、呼吸器事件の捜査に関係し、13年後の2017年の時点では県警の幹部になっていた。井本記者は顔見知りのこの幹部のもとに出向いた。来訪を伝えてもらい、しばらくすると部屋の奥からその幹部が「あれはないわ、ほんま、あれはない」と大きな声でうなるように独り言を発しながら、憤まんやる方ない様子で井本記者に向かって歩いてきた。
「自然死は考えた」という幹部Aの主張
井本記者は「お騒がせしてます。ご意見を聞きたいと思いまして」と丁重に切り出した。幹部は「いやー、ひどい書き方やわー。わしらが何も考えんとやってるみたいやんか。判決だって出てるのに」と猛烈な抗議を展開した。
井本「そうですか。どの辺が特に気になったか教えてください」
幹部A「気になったのは2点。障害のことと自然死のこと。俺らかて、自然死かどうかなんて一番最初に考えるやん。医療過誤なんて、めちゃくちゃ難しいんやぞ。協力してくれる医師も少ないし、話を聞かせてくれたと思ったら『調書は嫌です』なんて断られることはざら。1つの事件にすごい人と労力がかかるんや。自然死なら『自然死でした』でしゃんしゃんで終われるんやからそうするわ」
井本「でも、そう判断する前提条件がうそでしたよね。看護師の『チューブ外れてた』とか」
自然死の可能性を考えた形跡は、裁判資料の中からは探し出すことができなかった。第1発見者の看護師が「チューブが外れていた」とうそをつき、それを真に受けた警察がそのまま司法解剖した鑑定医に伝え、鑑定医はそのうそを根拠に死因を窒息死にした。チューブの外れを理由に死因が窒息死になった当初の時点から、県警は医療過誤、つまり業務上過失致死事件を想定していた。
その点を井本記者に指摘されると、幹部は言葉に詰まりながらも「少なくとも、自然死の可能性について全く考慮せず、っていうような書き方は気になったわ」という主張を繰り返した。
続いて井本記者は「でも、障害のことは知らなかったですよね」と獄中鑑定で判明した西山さんの軽度知的、発達障害について切り出した。この部分を捜査員たちがどう見ていたのかは、最も知りたいところだった。
幹部は「お前な、本人に会ったことあるか?」と逆に質問した上で、こう言った。
「1回会ったら変わったやつやって分かるで。話がかみあわへんもん。そんなこと(=障害の有無)は捜査しているに決まってる。責任能力に関わるやんか」