話がどうかみ合わなかったという具体的な話にはならなかったが、捜査側と取り調べをうける側で話がかみ合わないのは、ままある話だ。「変わったやつ」ということで何を伝えたいのかも不明だった。
障害を把握していたというなら、精神鑑定に関する何らかの検査をしたかが重要になるが、幹部によると「聞き込みをした」という以上の話ではないようだった。井本記者は、その時点で感じていた素朴な疑問をぶつけた。
井本「障害があったらあんな犯罪、無理じゃないですか。だって、自白さえなければ誰も気付かなかった完全犯罪ですよね」
幹部A「そうや、完全犯罪や。俺らだって、業過(業務上過失致死)で調べてたのに『本人がいきなり〝殺した〟って言った』ていうからめちゃめちゃ驚いたで。それなのに、あの記事を読むとあたかも俺らが『お前がやったんやろ』『殺したって言え』くらいの勢いで自白させたみたいやんか。一般の人にはそう見えるで。確定判決だって本人がやったって認めてるんやからな」
井本「僕らは本人(西山さん)が(アラームが鳴ったという)うそを言ったことでつじつまが合わなくなり、パニックになって口走ってしまった、と考えているし、そう書いているはずですけどね」
幹部A「ともかく言いたいのは、自然死と障害。この2点を警察がまったく何も考慮せずに突き進んだようなことはなかった、ってことや」
自然死や障害の可能性を捜査した記録は残っていないが「考慮はした」というだけなら、それ以上は確認のしようがなかった。西山さんが自ら「チューブを外した」と話したのが供述調書で「殺した」に書き換えられ「違う」と訴えても受け入れられなかった。「殺したと言え」と言い含めたようなものだろう。
幹部になった元捜査員は、突然の自白に驚いたとは言うが、捜査の正当性を主張した (Unsplash)
元捜査員は「自白に衝撃を受けた」と異口同音に
記事が出て間もないタイミングで、取り付く島もない、という状況だった。全面的に冤罪を訴える内容を目にしてかなり頭に血が上っていたのだろう。気になるのは、捜査が行き詰まった状況で突然、西山さんが自白し「めちゃくちゃ驚いた」と話したことだ。その後に記者たちが当たった捜査関係者たちはいずれも異口同音にそう語っているのだ。
ほかの元捜査員に話を聞いても「西山さんの自白に衝撃を受けた」という点は前の幹部Aとまったく同じだ。ショックを受けた後、それまでの捜査で西山さんから感じた違和感を犯人像と結び付けて自らを納得させていくプロセスも似ている。
人は想像もしていなかった出来事に遭遇すると軽いショック状態の中で、たとえ事実と懸け離れたことでも思わず信じてしまうことがままある。想像もしていなかったがゆえに、困惑し、反論もできず、ある種の思考停止状態が起きる。
そして「それは本当のことだ」と信じるしかなくなったとき、自分が真実を見落としたプロセスをたどろうとし、その過程で感じた〝違和感〟と結び付けようとするのではないだろうか。