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#供述弱者を知る


ただ、大橋貴史記者(29)が取材した元捜査員の幹部Bは中日新聞が「障害」に焦点を当てた報道をしたことで、13年前は西山さんの自白で「霧が晴れた」と感じたことへの疑問が芽生えたようだ。

「犯人だと思う。でも......」と語った幹部B


大橋「当時は発達障害があるって考えなかったんですか?」

幹部B「当時はそんな言葉もない時代や。普通に看護助手してたんやで。業務も怒られながらも普通にやってたらしいしな。そんな発達障害を疑う余地もなかったわ」

大橋「当時はどういう捜査をしていたんですか?」

幹部B「居眠りをしていた看護師たちがアラーム音を聞き逃したこと、そういう勤務体制をつくり出した病院側の責任を問えるようにと業務上過失致死で捜査をしていた。捜査方針は、これ一本だったよ。殺人なんてのは、頭の片隅にもなかった」

大橋「ぶっちゃけ、今でも犯人だと思っていますか?」

幹部B「思ってるで。『先輩看護師をかばいたくて』なんて言ってるけど、感触からすると先輩や上司の看護師にコキ使われて不満やストレスを感じ、それらが頂点に達して『この病院なんてなんとでもなれ』って考えたんじゃないか」

ここまでは、当時の捜査員の1人として、裁判での主張をただ繰り返しただけにすぎなかった。だが、大橋記者がさらに踏み込むと、それまで一切口にしていなかった〝迷い〟を打ち明け始めた。

大橋「発達障害だったってことで合点がいくことは?」

幹部B「それも一方であるんや。いや、いま同じことが起こったなら、そう考えていたと思う。一般人ならその主張が正しいと思ってるんじゃないか。客観的に見てだけど、な。そういえば、優しすぎるし、人を殺すような子ではないって考えたことがあるのは事実や」

元捜査員としての〝公式見解〟はあくまで記事の内容の全面否定で、井本記者が聞いた幹部Aとまったく同じだった。だが、事件から距離を置き、判断する条件を「いま同じことが起こったなら」「一般の人なら」「客観的に見て」と仮定した場合、現時点での見解は180度変わり「その(冤罪の)主張は正しい」になり得る、というのがむしろその時点での〝本音〟だった。

「わしはこれでもちゃんと読んでいるんやで」。幹部はあらためて新聞のコピーを手に取り、記事を目で追った。大橋記者がその記事を見ると、ところどころ、蛍光ペンで線が引かれ、丹念に読み込んだ形跡があった。

その後も記者たちは、当時の捜査関係者に当たり続けた。2017年12月の大阪高裁による再審開始決定から1年3カ月後の2019年3月、最高裁が再審開始を確定すると、もはや捜査の正しさを主張する〝公式見解〟を語る幹部はほとんどいなくなっていた。代わって流布され始めたのは冤罪に巻き込まれたのは西山さんではなく、むしろ自分たち警察であるかのような語り口だった。


連載:#供述弱者を知る
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文=秦融

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