市役所に刺激を与える副業人材
その高橋が神戸市で就いた仕事は、「駅前の再整備」や「災害への備え」を市民に伝える「動画」の企画案をつくること。コロナ禍によって、市職員が住民に対面で説明できる機会が失われたので、ならば「動画」でと考え、市側が経験ある副業人材に手伝ってもらおうと考えた結果だった。
ところが、初回の打合わせで高橋は、「本来の目的を達成するためには、動画をつくるだけでは終わらないはずだ」と疑問を投げかけた。良い動画をつくりさえすれば、市民が見てくれると信じていた職員たちは、あっけにとられた。
自宅からリモートで市職員らと打ち合わせ
それもそのはず、彼女が所属するLCC(格安航空会社)では規模の問題もあり、大手ほどの潤沢な予算は使えないので、費用対効果については普段からしっかりと考えるくせがついていた。
限られた予算を、印刷物、動画・ウェブ製作、メディア対応、SNS戦略に割り振って、それぞれをベストな専門業者に発注する。動画はあくまでその1つだ。PR全体をコントロールしなければ、最終目的である「伝えること」自体が失敗してしまう、つまり「効果がない」と言いたかったのだ。
さらに彼女は提案した。神戸市が「伝えたいこと」と、市民が「知りたいこと」は一致しない。だが、両者には接点がある。その接点を見つけて、市民の知りたい文脈にして伝えていくべきだ。とりわけ「駅前の再整備」はPRで工夫できる余地は大きい、と。
最初は驚いた職員たちも、2度、3度と話し合いを重ねるうちに、彼女のペースに巻き込まれていった。それどころか、「災害への備え」については、動画をつくるのでなく、ウェブサイトを充実させ、SNSで市民に広げるべきだと、話は進んでいる。
実を言えば、今回、副業人材の活用を企画したのは、この記事を書いている神戸市の広報戦略部長兼広報官である私だ。行政でもデジタル化が叫ばれるが、新しいことをするには専門性が必要となる。だが、約3年のローテーションで職員が人事異動する自治体では限界があると考えたのだ。
高橋から話を聞くと、単に副業として業務を請け負っているというより、すでに市役所の仕事にどっぷりと入り込んでいた。どこまで踏み込んでいいのか葛藤はあっただろうが。
しかし、私たちにとっても、これまで職員がやってきた業務をただ代行してもらうだけでは意味がない。役所側の狙いとしては、専門性ある外部から、考え方を導入することにあったからだ。副業人材の募集を企画した私としても、彼女の刺激のある思い切った言動には拍手を送りたい。
市役所といえども、多様化した社会に対応するには、人材の多彩化が求められている。副業だけでない、ジョブ型で専門人材を雇うのもよいし、コンサル的な助言をする方も必要だろう。自治体での働き方も、試行錯誤を繰り返さなければならない時代となっている。
連載:地方発イノベーションの秘訣
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