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スポーツジムにいて完璧な快適さを感じるようなら、筋肉は決して鍛えられない。偉大なリーダーの役割は、チーム内の多様な才能を結びつけ、単独では到達できない地点まで能力を伸ばしてやることだ。そうした環境が快適なものであるはずがない。

これは心理的安全性の概念と一致する。安全な環境を作ろうとするリーダーは、往々にしてこのことを忘れ、深く考えずに次のような道筋をたどってしまう。

1. 誰がどんなリスクをとっても安全な環境にする
2. すると、みんながリスクをとるようになる
3. それが他のメンバーを「不安」にする
4. そこで、みんながお互いに不安にさせないよう気をつける
5. その結果、何か言ったり行動したりすることが怖くなり始める

この連鎖がおわかりだろうか?

つまり、実際の心理的安全性と、多くの組織が実践している心理的安全性に齟齬が生じるのは、いくつか決定的な誤解があるからなのだ。

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【安全性 vs 快適性 SHANE SNOW】

意見の相違は「危険」でなどない


スポーツジムのたとえ話に戻ろう。良いフィットネストレーナーは、安全に筋肉を鍛えられるようにサポートする。あなたは苦痛を感じるだろうが安全だ。

リーダーの仕事は、チームを不快にさせないことではない。安全な環境で、不快感を乗り越えて成長しようとするメンバーをサポートすることだ。

ニューヨーク大学で道徳心理学を教えるジョナサン・ハイト教授と共著者のグレッグ・ルキアノフは次のように述べている。「いまは徐々に“安全性”の概念が変化し、不快感と身体的危険を同じものとみなすようになっている。そうした考え方を許容する文化は、本来、強く健康的になるために必要な日常生活に組み込まれた貴重な経験を、お互いにさせないようにすることを組織的に奨励している」

ハイト教授とルキアノフはその著書『アメリカン・マインドの甘やかし』の中で、「21世紀においては安全性の意味が徐々に変わりつつある」ことを詳細に分析している。

この傾向はおもに大学のキャンパスで始まり、学生と教師たちがまったくの善意から「感情的安全性」を身体的安全性に含めるようになったのがきっかけだった。そのおかげで、自分と違う考えに触れたとき、あるいは気分を害する人がそこにいるというだけで不安な気持ちになると口にすることができるようになった。

感情的安全性は心理的安全性の一部であると誤解して、その考え方をチーム環境に持ち込むと、個人もチーム全体も弱体化してしまうことになる。2017年に、CNNのヴァン・ジョーンズはシカゴ大学の学生に次のように語った。

「安全な空間についての考え方には2種類あります。ひとつは良いものですが、もうひとつは恐ろしい考え方です」

翻訳・編集=川崎稔/S.K.Y.パブリッシング/石井節子

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