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サイゼリヤでは実験精神を存分に発揮できた。最初に任されたのは、野菜やお米の自社生産。福島県の山をまるごとひとつ与えられて、「農学部やろ。自由に使え」と託された。堀埜は農学部とはいえ、専門はバイオだ。しかし、逆に既成概念にとらわれることなく挑戦できた。

当時1俵1万5000円だったお米を5000円でつくることにした。調べてみると、コストのネックは1年に1週間ずつしか使わない農業機械。みんなが使わない時期に使えばコストダウンできるので、田植えを早め、稲刈りをお盆過ぎから始めた。

「現地から『黒い雲が動いてる』と連絡が来ましてね。よく見たらスズメの大群。この時期に実っている稲はほかにないから、みんな集まってきてぜんぶ食べられた(笑)」

失敗があれば、成功もある。新しく加工工場を建設したときには、鍋と釜を禁止した。鍋や釜は攪拌(かくはん)や加熱など複数の調理工程を1つでできるので便利だが、中でどのような化学的反応が起きているのかわかりにくい。鍋と釜を排して調理工程を分解することで実験が容易になり、品質向上やコスト削減に大きく貢献した。

2009年の社長就任後も、失敗を恐れずに新しいことを試す姿勢は変わらない。

「社長に指名されてプレッシャーを感じていたら、会長から『会社はつぶしてもええんや』と言われました。そんなアホなと思いましたが、よく考えると、世の中に必要とされている会社なら、経営に失敗しても誰かが引き継いで再建してくれる。要は自分がクビになるだけ。そうわかったら楽になりました」

コロナ禍も、堀埜には実験の絶好の機会だ。「不謹慎ですが、経営者としてワクワクしている」。取材では紙ナプキンとスプーンを組み合わせる「しゃべれるくん」第2弾のアイデアも披露してくれたが、その表情はいたずらを計画する子どものよう。次はどんなサプライズを仕かけてくるのか。いまから楽しみだ。


ほりの・いっせい◎1957年、富山県生まれ。81年、京都大学大学院農学研究科修了後、味の素入社。がんウイルスの研究などに従事。2000年、サイゼリヤに入社し取締役に就任。サイゼリヤオーストラリアの代表取締役社長や商品本部長など歴任し、09年4月より現職。

文=村上 敬 写真=間中 宇

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