ラグジュアリーといえばまず連想されるのがブランドであり、それらは歴史的文化遺産を使いながら謎めいた振る舞いでブランド神話を謳いあげ、価格が普及品価格と一桁も二桁も違う商品群と思われていた。しかし、この20年近くで手の届きやすい価格の「ラグジュアリーエントリーレベル」の商品も含まれるようになり、この市場は肥大化してきた。それが大きく変わろうとしている(変化せざるをえない、というべきか)。
ただ、変わることは確実ながら、どう変わるかをベイン&カンパニーも予想しきれていない。どちらかといえば「あらゆることがひっくり返る時代なのだから、各社、やりたいようにやるしかない」と語っているような雰囲気もある。“実践者”が活躍すべき状況なのだ。
だからこそ、本連載は新しいラグジュアリーの“作り手”を応援することを目的としたいのだ。ラグジュアリーは、360度の視野を要求される。ビジネスの知識だけでなく、歴史や文化、人の審美性などを総動員していかないと風景を見渡せない。
そこで本連載名を「ポストラグジュアリー 360度の風景」としたいと思う。一緒に走っていただく方として中野香織さんにお願いしたい。形式としては、ぼくがリードする回と中野さんがリードする回を交互とし、各々が相手の文章に応答する。
中野さんは服飾史研究家を名乗っていらっしゃるが、あらゆるところに目が届く方で、ファッションのみならず英国文化にも造詣が深い。仲間内で定期的に開催しているラグジュアリーの勉強会の共同主催者にもなっていただいている。
中野さん、今回の連載をはじめるにあたり、お考えなどをお聞かせください。
「新しいラグジュアリー」までの移行期
安西さんのリーダーシップのもと、有志での新しいラグジュアリーの勉強会が始まり、半年が経ちました。
現在、混沌の真っただ中にある世界の各地から、次の時代を創る新しいラグジュアリーの試みが芽吹いています。その議論の土俵に日本も上るべきであり、むしろ世界をリードするくらいでありたいという志のもと、ビジネス、アカデミズム、アート、メディア、ファッション、心理、社会、教育といった全方向から過去と現状を見直し、未来への礎となるロジックを構築しようというのが勉強会の趣旨です。
ひと月に1回、各界の錚々たる論客に加え、毎回、各領域で最先端を走るエキスパートに参加していただき、安西さんの司会のもとハイコンテクストで豊穣な議論が展開されていく2時間、ときに3時間に及ぶ勉強会は、それ自体が「ラグジュアリーな恵み」になっています。
連載のタイトル「ポストラグジュアリー 360度の風景」も、勉強会のメンバーであるクラシコムの代表、青木耕平さんの発言に由来します。「ポストモダン、ポスト資本主義と同じように、ラグジュアリーの既存の価値が崩壊して混沌としている今は、次のステージを模索中の、ポストラグジュアリーの時代なのではないか?」という指摘がそれでした。
「ポストモダン」「ポスト資本主義」の時代がある程度、長期にわたるのと同じように、既存のラグジュアリーの価値が崩壊したからといって、すぐに次の新しいステージが現れるわけではなく、「ポストラグジュアリー」の時代がしばらくは続くのではないか? 歴史的なスパンを見据えたこの指摘は実に鮮烈で、私たちの立ち位置が明確になる思いがし、タイトルに反映している次第です。