「SOCIAL HARMONY」というタイトルがつけられたその作品は、音符の部分に立つと実際に音が鳴る仕組みとなっている。全長約20メートルの楽譜の先頭から順に鳴らしていけば、20世紀フランスの作曲家、エリック・サティの「ジムノペディ」の冒頭の一節が奏でられる。日本では環境音楽として知られ、癒しの効果があるともいわれている曲だ。
人々の列ができれば、歩みが進むごとにランダムに音が鳴り、その場で巡り合った人たちでしか演奏され得ないメロディーが生まれる。どの音符が同時に鳴っても不協和音になることがないよう、音と音との間隔は調整されている。
「SOCIAL HARMONY」というタイトルには、離れていても調和するという音の性質になぞらえた、太刀川の思いが込められている。
「『SOCIAL HARMONY』には、『分断を超えたい』という願いが込められています。適切な間隔で音と音とが重なり合うからこそ、美しく響く和音となって曲を奏でることができます。コロナ禍における社会が理想とする人と人との関係性も、和音の性質と似ているのではないでしょうか。適切な間隔を保つことで、美しい調和が生まれる。社会でもそういった関係性をつくれたら良いなと思っています」
その場に並ぶ人が知らない人同士であっても、メロディーが鳴ることで新しいコミュニケーションが生まれるかもしれない。太刀川は、人と人とが距離を取らなければならない現在の状況下であっても、発想次第ではポジティブな繋がりが生まれることに希望を抱いている。
音で行動を促すというコンセプトには、社会に拡散された「接触してはいけない」という禁止を、ソーシャルディスタンスというポジティブな文化に転換する目的があるという。壁や床に禁止サインをぺたぺたと貼ることに終始するのではなく、人々が心地良く行動できるような仕組みに変えていくことが、これからは重要だ。
「もう十分にソーシャルディスタンスが社会のなかで認知され、実践されるようになったフェーズです。なので今度は『禁止サイン』ではない形で、社会に浸透させていくことがすごく重要な気がしています。ソーシャルディスタンスを楽しんで実践できるようなデザインが、今の社会には必要だと思います。