だが、日本漫画を世界的なビジネスとして成り立たせているのは、それら大ヒット作だけではない。ある漫画編集者は、こう言い切った。「海面に飛び出した大ヒット作の下に、多種多様な作品が作る“豊かな海”がある。だから日本の漫画には力がある」。その多様さを示す一例として初版部数を挙げると、前述の『鬼滅の刃』が300万部を超える一方で、初版1万部以下の作品(注2)も数多く出版され続けている。数千人単位の読者に向けてもきめ細かな出版が行われているということであり、それがビジネスとして成り立つほど漫画市場は(漫画読者はと言ってもいい)成熟しているということだ。
そしてそれらの作品は、電子書籍の配信やネット販売の充実を背景に、海外にいる読者にも、ほぼタイムラグなく読まれるようになってきている。
では遠い国で、彼らはどのように「豊かな海」の中から自分にぴたりと合う漫画と出会い、その何を愛しているのか──。日本以外の場所にいる漫画読者に具体的、私的な体験を語ってもらうことで、日本漫画の豊かさを再発見していきたい。
今回登場するのは、スコットランド在住のグレゴール・ウィルソン氏。メールでのインタビューに、「漫画も勉強道具として活用した」という日本語テキストで答えてくれた。その美しい日本語表現を、ほぼそのままの形で掲載する。
筆者は、ローンチ当初のアマゾン ジャパンで「コミック」部門等のエディターを務めた後、フリーランスとなったライターである。あるカンファレンスで知り合ったウィルソン氏の漫画への深い愛情に触れたことで、本連載企画が生まれた。
第1回では、ウィルソン氏から見た日本漫画の特異性と、氏が最も愛する日本漫画『ラヴ・バズ』について語る。文=門倉紫麻(フリーライター)
第2回 あるスコットランド人青年を虜にした、日本漫画の「あのシーン」はこちら
注1:平成29年度知的財産権ワーキング・グループ等侵害対策強化事業におけるコンテンツ分野の海外市場規模調査より
注2:本稿に登場する漫画作品の初版部数を指すものではない
グレゴール・ウィルソン氏|カリグラフィー作家。1995年生まれ。スコットランド エディンバラ出身・在住。
門倉:ウィルソンさんが日本の漫画を好きになったきっかけを教えてください。
ウィルソン:非常にありふれた話ですが、スタジオ・ジブリのアニメ映画でした。
小さい頃、母が毎週VHSを借りてくれて、時にはディズニーとかじゃなくて、『ハウルの動く城』や『もののけ姫』を借りてきました。兄と一緒に見てみましたが、その時はあんまり好きじゃなかったです。そして13歳ぐらいの頃、お友達の家で『もののけ姫』を再び観て、凄いと思いました。
その後、ジブリの映画をできるだけ観て『風の谷のナウシカ』や『デス・ノート』、『鋼の錬金術師』等の漫画の英訳も読み始めました。読む方向が他の本と違って面白くて、物語とキャラクターがすごく好きでしたけど、特にもっと読みたかったのは『昔久街のロジオネ』や『土星マンション』みたいな漫画でした。
登場人物が、人生と、それぞれの世界における役割を探っていくことを優しく語ってくれるところが大好きだと気づきました。英語だと、どういうところが好きかを少しうまく書けると思います。
I found I loved those manga all the more for their quiet explorations of the lives of their characters and those characters’ roles within their respective worlds.