漫画「世界1180億円市場」 スコットランド人青年が見つけた「自分の物語」

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『テルマエ・ロマエ』は、日本語能力試験1級の参考書になる


門倉:好きな作家ができたら遡って著作をあたるという行動は、漫画ファン共通のものですが、日本語、すなわちウィルソンさんにとっては外国語で描かれたものも取り寄せて読むところにウィルソンさんの熱意を感じます。

ウィルソン:漫画のおかげで、日本語のレベルを楽しく上げることができた点もあります。教科書よりも自然で、最初は読めなかった小説よりも分かりやすくて、ドラマなどで勉強できない、勉強したい漢字も載っている面白くてどこでも読める漫画は大事な勉強道具の1つになりました。最近、日本語能力試験の1級を受けた知り合いへの勉強資料のお勧めに『テルマエ・ロマエ』を含めました。1級の文法が意外と多く、楽しい漫画ですので。

門倉:志村作品の中で、特に『ラヴ・バズ』に惹かれたのはなぜですか。

ウィルソン:最初から突然複雑な状況に押し込まれて、『知りたい』と思わせるところや、女子プロレスラーたちの一般的ではない生活環境の妙な日常感がとても面白いです。

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志村貴子『ラヴ・バズ 新装版 1 』(発行:KADOKAWA)より。冒頭でいきなり主人公の藤かおるが失踪した事実が読者にもたらされる。すぐ5年後に切り替わり、幼い娘を連れて女子プロレス団体の道場に帰ってくる……という「複雑な状況」が描かれる。ここまでわずか数ページというスピード感。

目的がぼやっとしてても走り続けるのがカッコいい


ウィルソン:キャラクター達も、目的がぼやっとしても走り続けるのが、とても格好いいです。

門倉:「絶対優勝!」のようなスポ根的な目標や、「人助け」のようなドラマチックな目標は設定されません。それでも共同生活をしながら淡々と練習を続け、時に試合で体を張る彼女たちの姿は、確かに格好いいですね。私はプロレスファンなのですが、プロレスラーの描き方がとてもリアルだと感じます。

ウィルソン:一番惹かれるところは、多分藤さんのまわりの人との関係です。家族への悔しさ(※英語の“frustration”)、娘へのちょっと無神経な態度、そしてタッグパートナーの町屋さんとの複雑な関係が全て、どうなるか知りたい! と興味が深まってきます。

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志村貴子『ラヴ・バズ 新装版 1 』(発行:KADOKAWA)より。プロレスの試合で共に戦う「タッグパートナー」という深い関係の町屋ゆりにも何も告げずに失踪した藤。戻ってからも町屋に謝罪もせず甘え続けている。

ウィルソン:藤さんは責任感がないわけじゃなくて、他人が何を考えているかそんなに簡単に察することができないのだと思います。もう大人なのに大人らしくして皆の期待に添ってあげられないという気持ちもあるかもしれません。共感するポイントとしては良くないでしょうけど、共感できます。


スタジオ・ジブリのアニメという広い間口から入り、自分が「どういうもの」を好きかを探って大切な作家にたどり着いたウィルソン氏。後述するが、単行本発売を待てず、月刊誌で連載を追っている志村作品もあるという。その熱意に驚かされると共に、ネットによって海外エンタメへのアプローチが容易になっていることをあらためて実感する。

また、季節の表し方、人間関係や人間そのものを深く描こうとする様に日本漫画の特徴があるという指摘に、我々がいかにそれらを当たり前のものとして享受していたかに気づかされる。

第2回では、志村貴子作品に登場する「本当の自分」を模索する人々の生き様に、ウィルソン氏自身の経験を重ねて語る。

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門倉紫麻◎フリーライター。ローンチ当初のアマゾン ジャパンでエディターを務めた履歴を持つ。コミック部門の売り上げ増に注力する中で多くの作品に出会った経験から、メディアを通じて日本漫画の魅力を発信したいと思うようになった。現在は漫画に関する寄稿を諸媒体へ旺盛に行うほか、文化庁メディア芸術祭など漫画賞の審査員経験も多い、知る人ぞ知る「漫画ライター」。著書に「週刊少年ジャンプ」作家へのインタビュー集『マンガ脳の鍛えかた』(集英社)、2.5次元ミュージカルの作り手へのインタビュー集『2.5次元のトップランナーたち 松田 誠 茅野イサム 和田俊輔 佐藤流司』(集英社)、フランス人漫画愛好家のための漫画用語集『Le Japonais Du Manga』(Misato RAILLARDとの共著、ASSIMIL<フランス>)などがある。

文=門倉紫麻 編集=石井節子

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