漫画を読み始めた時、場所も文化もこことは違うけど何となく懐かしいような感じがしました。そして、やっと日本に行った時、何となく懐かしい風景だと感じました! それは多分小説よりも「見える」漫画のおかげでした。
日本の物語は、プロットでなく、登場人物の「人間らしさ」を優先する
門倉:ほかに、日本漫画の特徴として挙げられるものはありますか?
ウィルソン:ヨーロッパやアメリカに比べて日本の物語はよくキャラクターの人間関係に集中すると思います。
登場人物の人間らしさよりも「プロット」を優先する本や映画がいっぱいありますが、日本の漫画の、現実的な人間らしさに集中して、人々がどんな風に会ったり、関係を作ったり、絡まり合ったりする、人生のあやふやを表してくる物語の豊富さが本当に素敵だと思います。
例えば主人公以外のキャラクターが一時的に「主人公」の役を引き受けて、行動だけじゃなくてそれぞれの視点や思考をあばいてみせる漫画が多いですね。そういうところが特に面白くて日本語を勉強したかった理由の一つです。こんな物語をもっと読みたいです。
門倉:多くの漫画家の中で、そして読者の中で、キャラクターは「現実的な人間」として存在しているのだと思います。漫画家に取材をすると「プロット通りに進めたいのに、キャラクターが勝手に動くのでプロットと違う展開になってしまう」「このキャラクターはここでこんなセリフを言うはずがないから仕方なく予定と違うセリフを書く」と言われることがとても多いです。
「主人公以外のキャラクターが一時的に『主人公』の役を引き受け」るようなエピソードを挟むのも、悪役を含む“脇役”にも人生がある、ということを読者に知らせるためだと思います。そしてそれは、現実世界でも様々な人たちの「視点や思考」に想像をめぐらせてほしい、という漫画家の思いでもあります。これもまた、実際に漫画家の口から聞いたことです。
やっと読んだら凄い! 早く読めば良かった!
門倉:日本漫画の中で、ウィルソンさんが特に好きな作品は、志村貴子さんの『ラヴ・バズ』だそうですね。
志村貴子『ラヴ・バズ 新装版 1 』(全3巻、発行:KADOKAWA)より。失踪していた女子プロレスラー・藤かおるが、5年ぶりに幼い娘を連れて所属団体に戻ってきた。タッグパートナーの町屋ゆりと共に、藤はレスラーとして活動を再開するが──。2002年~2005年連載。※電子書籍(少年画報社)にて配信中。
ウィルソン:実は2年ぐらい前までは読まなかったです。積ん読の癖があります!
まだほぼ日本語を読めなかった2011年、ネットで読めそうな漫画や小説を調べたりして、遠い日本に注文してみました。その頃は『さらい屋五葉』や『土星マンション』の英訳を読んでいて、志村さん原作の『放浪息子』のアニメも観ていましたので、自分がどんな物語を読みたいのかは何となく分かりました。買った本の中に志村さんの『ぼくは、おんなのこ』という作品集がありました。それで、やっぱり『放浪息子』を描いた人の漫画が好きだと思いました。
翌年『ラヴ・バズ』を注文しましたが、長い間読まなかったです。本棚に置いて、プロレスについての漫画が本当にそんなに面白いのかなぁ……と思いながら言語的に読みやすいほかの漫画に集中しました。そしてやっと読んだ時、凄い! 早く読んだら良かった! と思いました。大変感動しました。