日本語を勉強し始めてから数カ月後の頃に、エディンバラの古物市で日本語の本が沢山並んでいる場所を発見しました。本を選んで、大変ギクシャクした日本語で「おいくらですか」と聞きました。お金を持っていなかったので父から3ポンドを借りて、小説2冊と漫画1冊を1ポンドずつで買いました。
その漫画はやまだ紫の『性悪猫』でした。当時、漢字の数十字と仮名以外は全く読めませんでしたが、絵がびっくりするほど綺麗で、内容は明らかにそれまで読んだ漫画と違うと分かりました。こんな漫画もあるんだなぁと思いました。猫好きのお隣さんがイラストに見とれていたので、結局もう1冊注文してあげました。
門倉:日本の漫画をどこで買っていますか?
ウィルソン:最初は英語訳の漫画を本屋で直接買いましたが、日本語で読もうと決めた2011年ごろからはネットで日本に注文しています。送料が高いのですが、本の幅が広くて便利です。今は大体電子書籍を読みますが、紙の方がずっと良いと思います。
特に好きな物語をまだ紙の本として注文します。出来れば実際に本棚の間をゆっくり歩きながら漫画を選びたいですが、残念ながらスコットランドにそういうお店はありません。3次元の本のデザイン、紙の触感、ページをめくる音などが、全部好きです。
季節の転換が、絵に「潜んでいる」
門倉:日本の漫画を読んでいて、特徴的だと感じるのはどんなところですか?
ウィルソン:季節の転換が絵に潜んでいる、時間の流れを表す「描写ヒント」はとても素晴らしいと思います。まるで俳句の季語みたいです。いつの間にか背景に立つ木々が葉っぱを失ったり、人が重そうなコートの上にマフラーを巻いたりしていることに気づくともなく気づいて、その寒さ、暑さ、風の激しささえ感じてしまいます。
志村貴子『放浪息子 1 』(発行:KADOKAWA)より。※『放浪息子』については後述。葉を失った木とキャラクターの服装により冬だとすぐにわかる。
志村貴子『放浪息子 1 』(発行:KADOKAWA)より。たくさん茂った木の葉と日差しが作る影とキャラクターの服装、そして「氷」の暖簾が夏を感じさせる。
志村貴子『放浪息子 1 』(全15巻、発行:KADOKAWA)
景色がそっくりじゃなくても──作中舞台が「懐かしく」感じた
門倉:ウィルソンさんが日本の漫画に惹かれるのは、スコットランドで暮らしてきたこと……スコットランドの国民性や、スコットランドの気候・風土などに関係していると思いますか?
ウィルソン:特に関係はないと思います。もちろん漫画を読みはじめたことに色んな理由や影響がありましたが、スコットランドならではの理由はなかったと思います。スコットランドの気候や風土と関係することがあるとしたら、子供の頃によく父と兄とキャンピングをしたことくらいかもしれません。スコットランドは美しい景色が多いですが、それが、自分とどこかで繋がっている環境だと思えることが大事だと思います。
漫画で描かれるのはただの「景色」ではなく、キャラクターの経験や行為に繋がる環境であり、それを舞台として表しているのではないでしょうか。それも漫画、特に日常的な漫画の長点だと思います。