多忙を極めて生活リズムを崩してしまった時期もあったというが、現在は最低6時間の睡眠時間を確保しているという。目覚める時のリセット感を何よりも大切にする秋元の「睡眠哲学」と、それが事業に及ぼすポジティブな影響とは──。
モヤモヤやイライラは寝ると治る。睡眠と精神のつながりへの気づき
「現在は資金調達が終わったので、サービス拡大期ですね。食べチョクをより多くの人に使ってもらうための事業推進や、一緒に働く仲間を集めているのが現状です」
そう笑顔で話す秋元。野菜を始め、魚介、肉、酒、花卉類も扱うオンライン直売所「食べチョク」には、現在月に数百件の生産者から出品申請がくるなど、規模が拡大している成長期でもある。
多忙な生活を送り続ける一方で、常にポジティブでエネルギッシュなイメージもある。想いやビジョンを強く持ち続け、常に前向きに活動できる秘訣はどこにあるのか。
「コロナの影響で、3〜5月の3カ月間で流通額が35倍になりました。当然問い合わせも35倍になりました。その間はずっと睡眠時間がないにも関わらず、ランナーズハイというか、使命感を持ってやっていたのですが、ひと段落した時に一気に落ち込んだことがありました」
今でも時々、睡眠時間を削ってなんとかしようとするときもあるが、睡眠がメンタルに与える大事さを痛感しているという。
「寝ないでなんとかすることもあります。でもそういう時は気分が落ち込んだりしますね。わからないけど不安になったり、言語化できないけどイライラしたり。でもそれって大体寝ると治る。そういう訳がわからないモヤモヤがあった時はたくさん寝ます。そうすると朝起きると全然大丈夫、という精神状態になり、冷静に別のことが見えてきたりします」
だから最近では生活リズムや余白の時間も大事かなと思うようになりました、と秋元は語る。ストレス解消には睡眠時間を確保するのはもちろん、一人カラオケでクイーンを歌い続けるときもあるという。
届くのは食材だけではない。作り手の「ストーリー」も一緒に
8月には6億円の資金調達を達成、9月からはヤマト運輸と連携し物流サービスを拡大、生産者や購入者に対し新たな価値の創出を目指している。
「最初は自分の実家が空き農地だったので、空き農地をなんとかしたい、後継者がいない人をなんとかしたい、などでしたが、そこから事業にしていくと、もっと深いニーズ、農業だけじゃなく漁業とか畜産とか領域が広がっていく。自分の課題は一事象で小さいけれど、そこから社会な問題に対しての危機感に変わり、より大きい課題にチャレンジできるようになって良かったと思っていますね。今は関係者や、応援してくれる生産者さんがとても増えている。もっともっとやりたいことも増えている状態です」
「美味しいものは作れるけれど売ることが苦手な人たちに貢献できるサービスにしたいですね。今までネット販売をしたことがない生産者や、デジタルに苦手意識のあるご高齢の生産者にも、サポートを手厚くしていきたいです。その先に私たちが目指している、生産者が正当に評価される世界があると思っています」
生産者と購入者をつなぐオンライン直売所では、ただ生産物を買うだけではない、作り手の思いを感じることができるのも魅力の一つだ。
「購入者からは生産者の方々と繋がることができるのが嬉しいという声を多く聞きます。きっかけは美味しいものが食べたい、ステイホームでいい食材を取り寄せたい、といった思いからスタートするのですが、届いた食材と一緒に入っている手紙を読んだり、生産者の情報をサイトで見たりすると、この野菜を作っている〇〇さんは元々こういうことをしていた人なんだよ、といった食材にまつわるストーリーが食卓でシェアされるようになります。生産者側も、食べた人から美味しかったよ、と感想を聞けるのが嬉しい。繋がることが両方の喜びになっていますね」
コロナ禍で、購入品そのものの価値だけではなく、背景にある思いなどを馳せる『ストーリー消費』に重きを置く購入者が増えてきているのと同時に、生産者側も食べた人の声を直接聞くことができると、生産者側のモチベーションも高まる。
もちろん、事業としての達成感もある。食べチョクで野菜を月に705万、魚介類を1479万円売り上げる生産者や、家族経営の小規模農業で、食べチョク登録前と後で農園全体の売り上げが430%もの伸びを達成した生産者もいる。
「儲かるといっても、私たちは『正しく儲かる』と言っています。少なくとも生産者が副業しないで済むというレベルにはしたい。でも『儲け』だけに走らないように、「生産者とともに、一次産業の課題を解決する」という当初の目的を見失わないように運営していきたいと思っています。個人農家だと食べチョクで月100万売れるだけでも全く状況が変わります」
事業が軌道に乗ったところだが、今後は物流に関しても力を入れる必要があると感じている。
「生産者さんの従来の出荷はそれこそ、コンテナでドン、で終わりでした。利益は少ないけれど楽。一方で私たちがやっているサービスは、一個一個手間はかかりますがコンテナ納品よりも高い単価で売れます、というサービス。野菜作りは素晴らしくても、うまく梱包できず輸送中に崩れてしまったら、商品の劣化につながります。こういったところを、うまくサポートできる『食べチョク物流構想』を広げていきたいと考えています」
自身の生活リズムを整えることで、好循環を生み出した秋元。事業の拡大にも常に自分を見失わず、生産者、購入者、そして社会全体が幸福になるエコシステムを構築するため、睡眠時間と生活リズムを取り崩さずに奔走する日々を過ごしている。
秋元里奈 ◎1991年生まれ。相模原市の農家で育つ。慶應義塾大学卒業後、2013年DeNAに入社。webサービスのディレクターなど4部署を経験。16年にビビッドガーデンを創業。「食べチョク」を立ち上げ、運営中。