時代を先取るニューデザイン
清掃とソーシャルディスタンシングが衛生面での必要性から日常生活の常識に変わってしまったいま、航空業界はこれをきっかけに転機をつかもうとしている(果たしてそれが妥当なものなのかどうかはわからないが)。その最先端を行くのが、エコノミークラスの常識を覆す、コロナ後の旅客機シートのデザインだ。
アビオインテリアズ社の「ヤヌス」
航空機の内装を手掛けるイタリアのアビオインテリアズ社は、「ヤヌス」という名の感染対策を施したふたつのエコノミークラス用シートを公開した。上の写真がその「ヤヌス」で、3列シートをシールドで区切り、中央のシートを全部、後ろ向きにすることで疑似的な“隔離空間”を作り出している。ヤヌスとは、反対向きのふたつの顔を持つローマ神話の神のことだ。
下の写真の「グラセーフ」は、従来の3列シートの上部を囲う透明なシールドで飛沫拡散を防いでいる。もっとも、どちらも実用化されるかどうかはわからない。現在の状況に合わせただけで、長期的な使用を目指しているわけではないからだ。
アビオインテリアズ社の「グラセーフ」
目新しさか実用性か
こうした人目を引くデザインは、アビオインテリアズ社の得意分野とも言える。世界中から注目を集めたものの、結局ひとつも売れなかった立ち乗り方式のサドルシート「スカイライダー」(下の写真)を発表したのも同社だった。「ヤヌス」にしても「グラセーフ」にしても、米国連邦航空局の認可が得られるかどうか疑問がある。
2010年9月16日、ロングビーチで開かれた航空機インテリア見本市でアビオインテリアズ社の新型シート「スカイライダー」を試す、同社の地域担当マネージャーのジェニー・カルリーノ氏(右)。「スカイライダー」は乗客を詰め込めるだけ詰め込みたいLCC(格安航空会社)向けの立ち乗り型シートで、足もとのスペースは業界平均の76センチに対して58センチしかない。3時間以上のフライトには適さないと、ビオインテリアズ社みずからが認めている。
比較的小規模な企業であるアビオインテリアズ社が知名度を上げたのは、シートパッドを薄めにして、足もとのスペースをせばめ、ヘッドレストとテレビを付けないエコノミークラス用シート「コロンブス」だった。
アビオインテリアズ社のエコノミークラス用シート「コロンブス」
同社のシートはニューギニア航空や(今は運航していない)ロシアのトランスエアロ航空などで使われているが、アラスカ航空やルフトハンザ、カタール航空などは高級車のシートやベビーカーで有名なレカロ社のものを採用している。「レカロが選ばれるのではない、レカロのほうが選ぶのだ」というジョークが業界で語られるほど、このドイツ企業は人気がある。ほかに、フランスのサフラン社もシート・メーカーとして定評がある。
こうした大手企業は奇をてらったデザインには手を出さず、軽くて丈夫な合金やクッション用の新素材、照明の改善といった実用性重視の開発に注力している。