(前回の記事:「自白」調書の真相 「私が殺した」とは言っていないのに)
西山さんは最初にA刑事に脅されて「アラームが鳴った」とうその証言をさせられた。そのために、一緒に当直をしていた仲の良い看護師が厳しい取り調べを受ける事態を招いた。シングルマザーのこの看護師を何とか助けたいと思い、うその証言の撤回を何度も申し入れた。しかし、警察に聞き入れられず、ついには自分が悪者になって彼女を守ろうとした。
そして突然「チューブを外した」と供述した。軽はずみな思いつきだが、その時すでに彼女はうつ状態に陥っていた。また、「外した」が殺人の自白になると連想することができなかった。そこは彼女の障害に起因する。獄中の精神鑑定では「ある出来事と関連して起きる出来事を予想する判断力が特に弱い」という強い傾向が示された。
「呼吸器のチューブを外して殺した。私がやったことは人殺しです」
2004年7月2日にA刑事が作成した供述調書の前半「チューブを外し」までは西山さんが語ったとおりだろうが、後半はA刑事による作文の可能性が極めて高い。
人を疑うことが苦手 心理検査に示された彼女の特徴
調書が作成されてから4日後の7月6日、西山さんは逮捕され、思いも寄らない展開に「びっくりした」という。
その後の供述調書は、A刑事のなすがままだった。なぜ、そうなったのか。愛着障害ゆえに取り込まれてしまった場面もあれば、理解力の乏しさゆえに言いくるめられ、誘導された場面もあった。
何より、自分を守る防御力がほとんどなく、人を疑うことが苦手な無垢(むく)な人柄が災いしたであろうことは、出所後の西山さんの取材が長くなった私たちには、腑に落ちるところがある。防御力がほとんどなく、人を疑うことが苦手な無垢な人柄は、自分を初めて認めてくれた刑事への思慕が高じて深みにはまり、その後の刑事の術中に果てしなく落ちていくはめになった。
「彼女の場合、何も武器を持たずに戦場で敵と戦わされるのと同じだっただろうね」
和歌山刑務所で西山美香さんの精神鑑定を行った元記者で精神科医の小出将則医師(59)はそう形容した。精神鑑定の詳細を聞けば、なるほど言い得て妙なたとえではあった。
心理検査のうち、P-F(ピクチャーフラストレーション)という、ストレスがかかる場面を絵で表示した状況への反応を見る検査で、西山美香さんの特徴がわかりやすく示された。絵は、一方の人があることを発言し、それに対して自分だったら何と答えるか、という想定で、吹き出しの中に書き入れるテストだ。