当時教頭だった吉原英樹さん (73)は「思っていることをうまく言えない。今なら発達障害の傾向を疑うかもしれない。知的な面での不安も感じていた」。生徒指導だった伊藤正一さん (69)は「人と接するのが苦手で、いつも一人でいた。やっていないのに認めてしまうことはあると思った」と話した。
「私は○○さんを殺ろしていません」
手紙に繰り返し出てくる、送り仮名の「ろ」が余る彼女特有の訴えが、目をくぎ付けにする。
【後文】
発達や知的障害に対する司法の無理解が問題視されている。苦手な受け答えでの誤解がもとで、実際に冤罪(えんざい)事件も起きている。西山受刑者の捜査・裁判でも障害の可能性は一切検討されなかった。事件を再検証する。(角雄記)
※中日新聞2017年5月14日、呼称、年齢は掲載時
◇
掲載から4日後の5月18日、私と小出君は再び和歌山刑務所に向かった。獄中の西山さんに、鑑定結果を伝えるためだ。
刑務所の入り口にある控室に私を残し、面会室に入った小出君は西山さんと約1カ月ぶりに再会した。
「鑑定結果を伝えに来ました。軽度だけど知的障害があります。発達障害のADHD、注意欠如多動症も範囲に入っていました」
西山さんはわずかに視線を落として言った。
「そうですか......。もしかしたら、そうじゃないか、とは感じてました」
言葉少なだったが、ショックが静かに伝わってきたという。
鑑定を終えて面会室から出てきた小出君に、私は報道についての西山さんの返答がどうだったか、その答えを待った。
「確認した。冤罪を訴えるために、中日新聞が鑑定結果を報道したいと言っていますが、どうしますか、と。西山さんは『お任せします』ということだった」
冤罪を晴らすためとはいえ、自分も気づいていなかった障害を公にする。西山さんにとっても難しい判断だっただろう。自分で明確な〝答え〟にたどり着けないままの「お任せします」という言葉だったのかもしれない。
作られた供述調書、捜査の不当性訴える
西山さんから鑑定結果を報道することについての了承を得られた3日後の5月21日、第2弾の記事が出た。そこでもまだ獄中鑑定については触れなかった。障害という決定的な新事実を示す前に、誘導された供述調書とはまったく異なる手紙の内容、加えて捜査の不当性を伝えておく必要があった。
◇
【見出し】
西山美香受刑者の手紙(中)強要されたうそ 自白の「自発性」疑問
【本文】
(略)裁判での否認を受け入れなかった理由を2005年11月、1審大津地裁の判決はこう書く。「身柄拘束を受けない状態で/自ら殺人の事実を供述し/自白には極めて高い自発性を認めることができる」。しかし、彼女はその後もずっと「殺ろしていません」(原文のまま)と刑務所から両親に書き続けている。なぜ「自白」したのか。(中略)
重要なのは、殺人という致命的な「うそ」の自白をする出発点は、人工呼吸器のアラームが「鳴っていた」と言ったうそだったことにある。