「自白」調書の真相 「私が殺した」とは言っていないのに|#供述弱者を知る

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精神鑑定で判明した軽度知的障害、ADHD(注意欠如多動症)、愛着障害。その事実にショックを受けながらも、それが冤罪を解く報道に不可欠な事実だということを西山美香さん (40) の父・輝男さん (78)と母・令子さん (70)は理解していた。

冤罪を訴える報道を一日千秋の思いで待ち望んでもいた。とはいえ、新聞で公表する前に、本人にも掲載の了解を確認する手立てを考える必要があった。

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刑務所は恩師さえ面会させなかったのだから、マスコミは論外だろう。4カ月後の出所までは待てない。両親に次の面会時に伝えてもらうことをまずはお願いし、鑑定をした精神科医で旧知の同僚記者だった小出将則君(59) にも、鑑定結果を本人に知らせに行く時に確認を委ねることにした。

獄中からの手紙 事件の再検証報道を始めた


もしも西山さんの了承が得られなければ、鑑定結果を報道できない。だが、彼女の障害が事実であることに変わりはない。仮に鑑定結果をこの時点で報道できないとしても、いずれは法廷で明らかになる。それまで〝隠し球〟として温存しつつ、無実を訴える350通余の手紙と広範囲に積み重ねた周辺取材をベースに報道を続けることは十分可能と考え、2017年5月から報道をスタートする決断をした。

鑑定結果が出てから4週間後、角雄記記者 (38)の署名記事で西山さんの冤罪を全面的に訴える記事が掲載された。障害の可能性を示す恩師の証言を取り上げたものの、獄中での鑑定には触れなかった。記事から抜粋したい。

【見出し】
西山美香受刑者の手紙(上) 無実の訴え12年「私は殺ろしていません」

【本文】
自白を唯一の証拠に、有罪とされる事件は数多い。逮捕後20日余の取り調べでの自白を裁判で否認しても、無罪になる例はむしろ少ない。では、ここにある無実の訴えを獄中から12年間書き続けてきた350余通の手紙を、どうとらえるべきか。もはや一顧だに値しないのか。そんなはずはない。(中略)

裁判では、警察も否定できない事実が次々に明らかにされた。彼女が取り調べ中にA刑事の手に手を重ねた。刑務所に移送される直前に抱きつき「離れたくない。もっと一緒にいたい」と訴えた。A刑事も拒まず、「頑張れよ」と肩をたたいた。A刑事の求めで、検察官あてに「もし罪状認否で否認してもそれは本当の私の気持ちではありません」という上申書を書いた。二転三転を繰り返す供述調書は38通、「書かされた」上申書、自供書、手記は56通。だが、1審で有罪、控訴、上告とも棄却され懲役12年の実刑が確定した。自ら「殺しました」とうそをつくはずがない、という常識からだ。

だが、それは本当に彼女に当てはまる〝常識〟だったのか。中学時代の恩師から気になることを聞いた。
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文=秦融

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