ショーン・コネリーのジェームズ・ボンド 「007」を振り返る

愛車のアストン・マーティンDB5の隣でポーズを決める、ショーン・コネリー演じるジェームズ・ボンド。1964年にユナイテッド・アーティスツが配給した「007 ゴールドフィンガー」から。Photo by Michael Ochs Archives/Getty Images


「007は二度死ぬ」(1967年)

世界興行収入:1.116億ドル、製作費:950万ドル

null
「007は二度死ぬ」のショーン・コネリー、丹波 哲郎、若林 映子(Photo by Sunset Boulevard/Corbis via Getty Images)

このシリーズ5作目は、007映画の中でも他の映画に大きな影響を与えた作品のひとつである。プロットと美術と悪役の設定という3つの面で、監督のルイス・ギルバートは「ファンタジーとしてのボンド映画」の定型を作った。

「スペクターが宇宙船を盗み、アメリカとソ連をだまして戦争を引き起こす」というプロットは、007映画だけでなく、その後の現実離れしたアクション映画で頻繁に使われるようになったし、美術(ブロフェルドの火山火口内の要塞)と超人的な悪役(スクリーンに初登場したブロフェルドをドナルド・プレザンスが演じた)は、のちのスーパーヒーロー・スパイ映画の方向性を決定づけたと言えよう。

このシリーズのその後や、やり過ぎアクション映画全般の運命を決める脚本を書いた張本人は、誰であろう、あの名高きロアルド・ダールだ。誰も彼を止められなかったのだろう、やりたい放題に筆を走らせている。コネリーはこの作品の撮影時点でボンドを演じることに飽き始めていた。

のちに「007 トゥモロー・ネバー・ダイ」が作られるまで2時間を切る007映画はこれが最後だったのに、その貴重な20分を費やして、ボンドを日本人男性に変えるシーンが描かれる。これは緻密なプロットが売りのアクション映画としては明らかに悪趣味だし、悲しくなるほどの時間の浪費だった。スペクターの悪党どもをマシンガンで撃つのにボンドが日本の忍者になる必要はないし、ボンドガール(若林映子演じるアキ)をちょっぴり強くするためにフィルムをずいぶん無駄に使っている。

とはいえ、映画のひとつの定型が生み出されるのを目のあたりにする体験ができるし、ここでできあがった定型は007映画(「私を愛したスパイ」「トゥモロー・ネバー・ダイ」「ムーンレイカー」)や、それ以外の良質な映画(「ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル」、「シャーロック・ホームズシャドウゲーム」)に影響を与えている。

「オースティン・パワーズ」や「ティーン・エージェント」や「キングスマン」のファンと称する人であれば、ほぼ間違いなくこの作品に感謝を表するにちがいない。

翻訳・編集=中田しおみ/S.K.Y.パブリッシング/石井節子

ForbesBrandVoice

人気記事