もちろんアメリカ黒人の音楽のルーツは、基本的には黒人教会で歌われるゴスペルにある。だが彼らの先祖がアフリカに住んでいた頃、彼らはキリスト教徒ではなかった。自分の宗教と言語を忘れさせられ、奴隷としてアメリカに運ばれて、そこで無理矢理キリスト教を信じさせられたのだ。
そこで彼らは聖書で語られるユダヤ人の姿に自らの境遇を重ね合わせるようになり、ゴスペルを生み出した。ユダヤ系が黒人音楽に自らの音楽性を染み込ませたように、黒人もまたユダヤ系に自己投影することで音楽的アイデンティティを築いたのである。そしていつしか、どちらが先にそれをやったのか分からない関係となった。
ルイ・アームストロングによる『Winter Wonderland』
果たして異文化へのアプローチは「文化の盗用」だろうか?
リズム&ブルースに夢中になったユダヤ系のジェリー・リーバーとマイク・ストラーのコンビは黒人的なポップスを自作するようになり、ビッグ・ママ・ソーントンやコースターズ、ドリフターズといった黒人アーティストの作曲やプロデュースを手がけた。
彼らの弟子で、ロネッツやダーレン・ラヴといった黒人女性シンガーを売り出したフィル・スペクターやディオンヌ・ワーウィックをはじめ、パティ・ラヴェル、エル・デバージらに楽曲を提供し、アレサ・フランクリンに多くの曲をカバーされたバート・バカラックもユダヤ系である。
1950年代の米国では、ゴスペルがポップ化した黒人音楽ドゥーワップがストリートで人気を博していたのだが、これに夢中になったのがニューヨーク育ちのキャロル・キング、ジェリー・ゴフィン、バリー・マン、シンシア・ウェイル、ドク・ポーマスといったユダヤ系ティーンたちだった。やがてオリジナル曲を作りはじめた彼らが歌手に歌ってもらうために作品を持ち込んだり、オフィスを構えたNYのブリル・ビルディングは1960年代前半のヒット曲製造工場となる。
こうした流れは自分で曲を作って歌うボブ・ディランの登場によって廃れるものの、ディランもユダヤ系。またディランの成功を受ける形で自作自演歌手としてスターになったポール・サイモンやローラ・ニーロ、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのルー・リードは全員ドゥーワップ・グループで歌っていた過去を持つユダヤ系だった。ドゥーワップ経由でゴスペルから多大な影響を受けている彼らの多くが、クリスマス・ソングをカバーしたりオリジナルのクリスマス・ソングを歌っている。
音楽は異文化の融合なしには語れない。(Photo by Unsplash)
文化の盗用。現在、異文化の題材にアプローチするとそんな風に批判されがちだ。しかし文化自体が往々にして、異文化との交流のなかで作られるものであることは忘れてはならない。そもそもキリスト教の祭りとされるクリスマス自体、ゲルマン人を改宗させやすくするために彼らが祝っていた冬至の祭りを盗用したとの説が存在するくらいだ。
だから仏教徒が大多数のはずのわれわれ日本人も、心おきなくクリスマスを祝おうではないか。ユダヤ教徒が作った黒人が歌うクリスマス・ソングを聴きながら。
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連載:知っておきたいアメリカンポップカルチャー
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