ここは、新鋭アーティストのアトリエか。
それとも、ベンチャー企業のクリエイティブ拠点なのか。
そう思わせてしまうほどに印象的なこの建物は、まぎれもなく創業45年の電子部品メーカー・サンケイエンジニアリング社の技術センターである。
驚くべきは、外装、内装のみならず、大半の来訪者が目にすることがないであろう階段部分にまで、ブランドカラーが徹底して施されている点だ。
「これは、知名度のない中小製造業の当社が、採用活動にいかに苦労してきたかという証しですね。代表の笠原久芳が『ブランディングを強化しない限り、これ以上人を集められない』と一念発起し、2006年にCIを一新、本社・技術センター共に移転リニューアルしたんです」(前沢)
経営企画室室長・前沢典子は、落ち着いた口調でこう説明した。しかし、彼女もまた、笠原と共にさまざまな苦労を重ねてきたひとりだ。
大手電機メーカーから転職して、18年。製造・営業・採用など幅広い領域に携わりながら、「世界に通用する中小企業をつくりたい」一心で業務に取り組んできた。その想いを凝縮させた“中小製造業連携プロジェクト”が2020年、ついに本格始動した。
私たちにとっての営業は、いわば“プロデュース業”
まずは前沢の足取りから振り返ってみよう。
2002年、サンケイエンジニアリングに入社した前沢。「世界を目指す前に、まずは一端の営業になれ」という笠原の掛け声のもと、技術営業部に配属された。技術営業はその名の通り、製品提案のみならず、技術サポートも一貫して行うのが業務である。未経験の前沢は、ものづくりの基礎を0から学ぶ必要があった。
「設計から部品調達、製造、検査まで一通りやらせてもらいました。唯一手を出せなかったのは加工ですかね。私はやりたかったんですが『危険が伴うから』と全力で止められました(笑)」(前沢)
一連の製造プロセスを体得し、技術営業としてデビューを果たした前沢は、まるで水を得た魚のように国内外を飛び回り、大小さまざまな製造業と関わりながら頭角を現わしていく。
「苦労も数え切れないほどありましたが、ビジネスライフとしては非常に充実していましたね。当社の技術営業は、『お客様に伴走し、共に知恵を出し合いながら、理想となる最終形を仕上げていく』というような、いわばプロデューサー的な役割も担っているんです」(前沢)
しかし、営業になって10年を過ぎた頃から前沢の心の中に「各メーカーそれぞれの“ものづくりの良さ”を活かせる仕組みをつくりたい」という漠然とした気持ちが徐々に芽生え始めていく。
「そんな時にふと、当社に応募する際、履歴書に記した『これからの製造業は、システムと仕組みの両輪で動かしていく必要がある』という言葉を思い出したんです。
今の時代、ITは外せない。他社と連携するには、まず自分たちの足元を見直し、DXを取り入れる必要があると考えました」(前沢)
本社も技術センターもすべてデジタル化すれば、あらゆる壁が取り払われ、国内だけでなく、海外も視野に入れた営業活動ができる──前沢は、即座に笠原のもとへ向かい、意見を求めることにした。
売る仕組みと生産現場の改革派、まず“社内”から
かねてより笠原は、国内の中小製造業が年々減少傾向にあり、日本そのものの技術力・競争力が失われていくことを危惧していた。
業界内に“変化と連携”の発想を広めていく前沢のアイデアは、2020年1月よりDXプロジェクトとして本格始動されることとなった。同時に入社から17年の時を経て、前沢の肩書は技術営業から経営企画室室長へと変わった。
まず着手したのは、自社の技術センターの業務洗い出しだ。生産プロセスを細かくデータ化し、適切な改善を施すのが狙いだった。しかし、作業は想像以上に難航した。
「うちの技術センターは比較的できている方だと思っていたのですが、意外にも行き届いていない点が多くて。その1つひとつについてスタッフに問うても『今までこうしてきたから』『やり方は変えたくない』と返されることが多く......いくら技術力が高くても、業務整理や仕分けをできる人間はごくわずかだということを知りました」(前沢)
一方で前沢は、他の製造業とのやりとりの中でも、このような前例踏襲主義が台頭していたことを思い出した。
「製造業のことは、やはり製造業にしか分からないんだな、と。自らの足元を確認するのは多少の痛みが伴いますが、この壁を乗り越えればきっとITやベンダー企業が成し得ない内容・価格帯で他社を支援できる。そんな使命感で新規事業に臨んでいます」(前沢)
このDXプロジェクトでは、同業他社へのDX導入、経営サポートを経て、ゆくゆくは日本の中小製造業を世界の中核へ。それぞれの用途に合ったカスタマイズを得意とする国内メーカーの特長を包括し、グローバルでも展開していけるようなシステムを構築する構えだ。
新卒が躍動する組織に、新たに採用の“プロ”が参画
2015年より並行して前沢が取り組んでいたのが、新卒採用である。自ら大学に足を運び、製造業の現状や面白さを学生たちに自らの言葉で伝えた。採用活動を始めて5年。初めて採用した新卒社員たちは現在、中堅社員としてめざましい活躍を遂げている。
「私がこうして新しい取り組みにチャレンジできるのも『次世代が育った』という確信が持てたからなんです。極論、お金や物は何とかなるんですが、人だけはどうにもならない。人を育て、場をつくって初めて、次のステップに臨むことができる。今回、身をもってよく分かりました」(前沢)
早急な人材獲得を望んでいても、中小企業には太刀打ちできない壁がある。それを最も痛感しているのは、代表の笠原に他ならなかった。
「自社のみならず、他の中小製造業と連携した採用プラットフォームを立ち上げれば、解消できるのではないか」、そんな想いから彼がオファーしたのが、採用のスペシャリスト・箱崎修一である。
箱崎は大学卒業後、20年以上にわたってHR業界に在籍。主に中小・ベンチャー企業向けの採用活動に携わってきた。前職の客先だったサンケイエンジニアリングには、2020年5月に入社した。
「製造業の採用については、これまで数え切れないほどサポートしてきましたが、まさか自分自身がそこにジョインするとは夢にも思いませんでしたね(笑)
とはいえ、一般的な採用コストと中小企業が持つ予算とのギャップは以前から感じていたので、まずはその部分を是正したいですね」(箱崎)
ゆくゆくは、現状の採用市場の在り方をがらりと変えるようなプラットフォームをつくり、育てていきたいと意気込む箱崎。ステージを大きく変え、大仕事に挑むその志は高い。
自社で培ったノウハウを横展開し、日本のものづくりを世界へと“送り出す”
中小製造業間の連携を視野に入れたDX・採用プラットフォーム。この2つの新規事業、そして既存事業において、サンケイエンジニアリングが積極的に募集しているのが“プロデューサー職”だ。
「うちの会社は、組織間の壁がないんです。例えば、製造は客先のことを、営業は製造の立場を考えて行動するのが基本で、対立するシーンはほとんどありません。
加えて『できない』と言うのは厳禁。『実現させるためにはどうしたらいいのか』という視点で、すべて会話が進みます。それは客先に対しても同様です。
ですから、与えられた役割をただこなすのではなく、俯瞰や包括をしながら、ボーダレスに考え行動する自主性がないと、なかなか成果が出しにくい環境で。そうした意味も踏まえて、あえてプロデューサー職と銘打ちました」(前沢)
さらに、求めている人材像として「海外志向があり、自走性と発想力にあふれる人」と前沢は言い切る。DXによって、国境を超えた活躍を望んでいるからだ。
一方、箱崎は採用のプロとして、この業界の持つ可能性についてこう語る。
「日本の中小製造業を、人材採用支援という切り口からもっと盛り上げていきたいと考えています。もともと日本人はものづくりに長けていると思います。
ただ、残念ながら日本の製造業、特に中小製造業は人材採用に苦戦しています。それゆえ技術を持っていながら、思うように開発できない、世界企業を相手にした案件に対応ができない。海外に売っていきたいけどそれができない。など、もっと若い柔軟な力が入ることによって可能性が広がるはず。
もっと若い方が中小製造業に入社したいと思う仕組みづくりや、中小製造業の採用力アップのサポートをすることで、多くの企業が海外にも進出していけるような状況を作っていきたいと考えています」(箱崎)
二人のプロフェッショナルが作り出すうねりが、今後業界に、そして世界にどのようなインパクトをもたらすのか。ぜひ注目していきたい。