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社会的マイノリティの眼差し

Perspective by Maria(c)2020 STAND Still

生き延びるために、脱いだ。
衣服を、身体を、記憶を。
生き延びて、再発見した。
手放したものにも、宿る輝きがあることを。

これは上の写真のキャプションだ。脱皮したセミの抜け殻を切り取った写真。あなたは何を感じるだろうか。

世界的なうねりを作った#MeToo運動により、日本でも悪いのは被害者ではなく加害者であることの認識が、少しずつ進んできたように思える一方で、声を上げたくても上げられない被害者は数えきれないほど存在する。加害者が家族の誰かであったり、社会的に力のある人だったりする場合が多いからだ。

また、声を上げないという選択も被害者の権利であり尊重されるべきである。#MeToo運動やフラワーデモに参加したいけど、そこまで勇気がない人や、状況に流されて「私も被害者だ」と公言してしまったけれど、本当によかったのかと悩んでしまう被害者もいる。それらのムーブメントを傍から見て、理由ははっきりしないがどうもその波にのれないと感じている被害者も、私の知る限り非常に多い。

20年前、アメリカでも根付いていた「レイプ神話」


私は前回のコラムで、アメリカとカナダで性暴力被害者約70人を取材し、ワシントンでも写真展を行ったことを書いたが、私自身1999年、夜中に裏口を壊して侵入してきた男に襲われるという被害に遭った。

実体験を通して理解した被害者心理と、性暴力に対する社会の在り方が鮮明に見えた時、自分が被害者になる前の、性暴力とは無関係と思っていた自分こそが、無関心という形で加害者を野放しにしている社会に加担していたということに気づかされた。

#MeToo運動がハリウッドから始まる約20年も前、アメリカでも、性暴力は被害者に非があってこそ起こるというのが一般的な考えだった。被害者が「誘惑した」と思いたいのは加害者側であり、それは単なるめでたい思い込みだ。性暴力の加害者は迷惑極まりないものである。

アメリカのメディアでも、当時は被害者のプライバシーのためと言いつつ、加害者側からの訴訟を防ぐなど、自分たちの保身のため、性犯罪を深く掘り下げて報道することはあまりなかった。

被害者が実名で顔を出して語るということが論外だった時代、私は被害者の顔を写して社会に届けたいと思った。なぜなら、当時のアメリカでも、顔が見えない被害者に対する想像で膨れ上がったステレオタイプが「夜道を一人で歩いていたから」「露出の高い服を着ていたから」などのレイプ神話を生み出し根付いてしまっていたからだ。また、加害者がのうのうと生きていられるのに、悪くない被害者が隠れていなければいけない風潮に納得がいかなかったのだ。

被害者支援センターやカウンセリングセンターを通して連絡をくれた300人以上の被害者たちは、実名で顔を出して語りたいと願い、そのチャンスを探していたと言った。それまで顔と名前を隠すことを強いられ、汚れた人のように扱われてきた被害者達が「サバイバー」であることも含めた自分が自由に生きる権利を取り戻したかったからだった。

そのためには加害者によって植え付けられた恐怖のコントロールから自分を解放し、どこにいるかわからない、またはわかっている加害者に対して「私はもう恐れない」と公言したかったという人もいた。同時に、こんな被害が他の誰にも起こってほしくないと、啓発運動に参加したり、支援者となる人も多かった。人は自分の過去と向き合い意味を見出した時、辛かったことも無駄ではなかったと思えるのだ。

文=大藪順子

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