個人にビジョンは必要か? 精神科医が「クリニックの名前」に込めた想い

今年4月に開業されたメンタルクリニック「ビジョンパートナー」


尾林:僕からすれば、極論、その有無はどうでもいい。ただ、漠然と“生きにくさ”を感じてクリニックに来ていただく人に、ビジョンという言葉を一旦意識してもらうことが、自分の現在地や悩みを客観視するきっかけになるなと感じています。

だからって、「ビジョンを作成いたします」とは言わず、「いま何に困っていますか?」とかありふれた言葉で話していくのですが、それでも少しずつ、生きるための行動指針や働くことの意味、将来への不安など、それぞれが抱くもやもやが見えてきます。

ビジョンがわからなくてうつになる人もいるし、うつになってビジョンが見えなくなる人もいますが、治療をしていく過程において「目指す先」を据えるのはひとつポイントです。

──それは企業も個人も同じかもしれないですね。ビジョンが行き詰まり解消のシンボルのようなもので、そこへ向かって一本通るものが見えるかどうか。

尾林:そうですね。うつでいえば、「頭が重い」とか「眠れない」とか、そういう症状の解消も大切ですが、目指すものがあってそこに近づいていく方が、回復の確かさや回復した後の力強さがあります。そういう人の方が、再発しにくいんですよ。

進む先に期待感を持てるよう、ビジョンを定めて「ここを目指して行こう」って手引きをしていく感じですね。



原田:人間って期待感で生きているって言うからね。ある本によれば、旅行において一番楽しく、ワクワクしているのは行く前だと。期待とか希望があるから人間は生きているので、逆に言うと、期待ができない状態は絶望ということになるね。

尾林:はい、絶望です。メンタルダウンしてる人は、四方八方真っ暗なんです。それなのに昔のうつ病の治療は、「うつ病ですね、この薬を飲んでください。1週間後に来てください」と診察して、その後どんな風に過ごしたか関係なく、1週間後の診察で、「では、この薬を2倍量飲んでください」という。なかなか酷いものでした。

最近でこそ、回復のプロセスを見極めて、行動記録表を作ろうとか、通勤訓練を始めてみようとか、もう少し細かな回復支援も行われていますが、それでもまだ少ない。大事なのは、いま自分がどの地点にいるのかを示すロードマップを見せてあげること。僕はときに、「実はまだ下り坂の下り途中ですよ」と伝えることもあります。

原田:企業や職場の話でいえば、広告会社の場合は、クライアントの商品が行き詰まったりする。時にはその企業自体も行き詰まっている。または、その解消のお手伝いをするはずが、毎日の打ち合わせでいいアイデアが出なくて行き詰まったりする。

そのときのリーダーの役目は、そこで360度見渡して「これまだやってなくない?」って指摘すること。「そもそもの前提を見直してみよう」とか「時間軸を広げてみよう」とか。僕は“概念のグーグルアース”と言っているのだけど、ミクロになりすぎているときはめちゃくちゃ引いてみる。とにかくみんなを殻の外に連れ出すようにする。すると、見えていなかった強みが見えてきたりしますね。
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編集=鈴木奈央 写真=山田大輔

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