(前回の記事:冤罪で苦しむ人の「光」に 精神鑑定で明るみになった「正義感」)
掲載を決断した段階で、やるべきことがあった。掲載前に当たらなければならない相手がある。真っ先に、西山さんの父輝男さん (78) と母令子さん (70) に伝えなければならないのは当然だ。精神鑑定の結果を記事にすることについては了解を得ていたが、記事がいつどんな形で出るか、手紙についてはどんな部分を抜粋するのかを説明しておく必要があった。
掲載前に、事件に関係する家族に伝えたこと
掲載が目前に迫り、角雄記記者 (38) が滋賀県彦根市の西山家を訪ねた。
「記事は次の日曜日に掲載されます。手紙の中から『殺していない』『再審をしてほしい』『当時は刑事との関係で気に入られようと必死だった』などの訴えを引用させてもらい、美香さんの思いを世間の人に知ってほしいと思っています」
角記者の説明に、父輝男さんは「ほんまのこと書いてもらわなあかんでなあ」とうなずいた。母令子さんは「よろしくお願いします」と任せてくれた。
西山さん本人の意向については令子さんが代弁した。
「面会で中日新聞が取材していることや、手紙を読んでいることなどは話しています。特別な反応はないですが、嫌だとか、悪い印象をもっているようなことは口にしていない。大丈夫だと思います」
西山さんへの説明が終わると、取材班の私と角記者、警察担当の井本拓志記者 (31) で打ち合わせ、報道することを事前に伝えておく必要がある対象を絞り込んだ。弁護団以外では、死亡した男性患者Tさん(当時72)の遺族と滋賀県警だった。
遺族は角記者があたることになった。たとえ取材に応じてもらえなくても誠意を持って対応する必要がある。どう受け止めるかも聞いておきたかった。
角記者が直接自宅を訪ねると、女性が出てきて応対した。
「中日新聞の角と申します。突然すみません。被害者の方のご自宅はこちらで間違いないですか?」
遺族だと確認した後、事件の再取材をしており、冤罪の可能性が高いと近く報道することを手短に伝えた。「冤罪の可能性がある、という記事が突然載ると驚かれると思いますし、きちんとご遺族の方にも説明したいと思いまして」
角記者の説明に対して女性は丁寧に謝意を示す一方、取材を受けるかどうかを家族と相談した上で連絡するという趣旨のことを話した。
翌日、女性から角記者の携帯に電話があった。取材には応じない、ということだった。