「記事を止めることは当然できないが、Aの過去の処分などにまで触れられるのは違和感がある。現役の警察官としてコメントできることはないので、Aへの取材の場を設けるのは難しい。報道の趣旨の説明も、こちらからしておく。仁義を切ってくれただけで十分」
広報官とのやりとりは、それで終わった。
滋賀県警の幹部の対応に感じた、記者のカン
しばらくすると、角記者の携帯に、県警のある幹部から電話が入った。こちらの動きに探りを入れてきようだった。
幹部 「なんやら聞いたけど、記事書くんか?」
角記者「湖東記念病院事件のこと?耳に入れるのが早いですね」
幹部 「おれにはいろんな情報が入ってくるからな」
角記者「機捜隊経由ですか?」
幹部 「それは言わん。取り調べた刑事のことも出るの?」
角記者「Aさんですか?被疑者に好意を持たれた経緯は、記事の内容として外せないですね」
幹部 「なんでそんなこと知っとるん?」
角記者「それ、みんな知っていますよ。担当記者なら。そもそも当時の裁判でも出てるし、最近の再審の動きの中でもさんざん出てるじゃないですか」
幹部 「ふーん。結構、大きな記事になるんか?」
角記者「とりあえずは毎週日曜日の掲載で3週連続です。取材でいろいろ新たに分かったこともあって。それで再審してもいいんじゃないか、っていうトーンです」
幹部 「載る前にゲラ見せてくれや。話はそれからやな」
角記者「それは逮捕状を見せてくれっていうぐらい不可能な話ですよ。ははは」
警察が逮捕状をマスコミに事前に見せるなどあり得ないことだ。その常識を引き合いに、それと同じように「ゲラを見せるなどあり得ない」というこちら側の常識を伝えたつもりだったが、幹部は記事内容に探りを入れるのを止めなかった。
幹部 「逮捕状?見せようか」
角記者「ははは。絶対うそですよね」
幹部 「うそじゃないよ」
角記者は今後の取材をシャットアウトされるのは避けようと「こちらとしては、変に受け取られて誤解してもらいたくないのと、きちんと継続的にコンタクトできればうれしいと思っています」と伝えた。
幹部も「まあな。別に記事書いたからって、あんたのことを嫌いにはならんけど」と応じつつ「ゆっくり酒でも飲まんと話もできんなあ」と酒席を設けてでもこちらの手の内を知りたい、という口調だった。
幹部とのやりとりはそんな程度で終わったが、角記者は、何とも言えない違和感があった、という。
「載る前にゲラを見せろ、なんて、普段はそんなこと言う人じゃないんですよ。やっぱり、どこかで自信がないところがあるのかもしれないですね」
2015年5月以来、2年にわたってこの事件を追ってきた角記者は、県警の幹部や捜査関係者たちから繰り返し「あの事件で捕まった看護助手は、本物(の犯人)や」と言い含められてきた。それまでの自信が「書く」というひと言で腰砕けになっていったような違和感。「やはり不安をもっていたのか」。警察取材が長い記者らしい独特のカンだった。
連載:#供述弱者を知る
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