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シネマの女は最後に微笑む

(c)2017 Cape Wrath Films Ltd.

今年一年を振り返る企画が、さまざまなメディアで組まれる季節となった。

今夏から秋にかけてブームだったものの1つに、キャンプがある。コロナ感染を避けるためもあり、観光地への旅行より山でのキャンプに向かう人が増えたわけだが、その中でも注目が集まったのは「ソロキャンプ」。お一人様用のキャンプ用品が売れ、「ソロキャンプ」は今年の「新語・流行語大賞」の22位にノミネートされている。

1人でテントを設営し、火をおこして肉を焼き、川のせせらぎに耳を澄ませ、星空を眺める……。自然の中でゆったりとした1人の時間を楽しむのは、究極の贅沢だろう。女性のソロキャンパーも増加しているようだ。

というわけで今回紹介するのは、『イーディ、83歳 はじめての山登り』(サイモン・ハンター監督、2017)。タイトルから、お婆さんが一念発起して人々の助けを借りながら山登りに挑戦するという、ほっこりほのぼの系の話だと想像する人は多いだろう。

ストーリーとしては大体そうなのだが、実際は結構ハードで骨太な内容である。あくまでユニークな「個」であることを求める人と、常識への従属を求める人の対立が描かれている。

新しい冒険に心躍らせるイーディ


半身麻痺の夫の介護に30年も明け暮れてきたイーディ(シーラ・ハンコック)は、夫の死から数年後、娘のナンシーに介護施設に連れて行かれるが気が進まない。支配力の強い夫のもとでの結婚生活の嘆きを綴ったイーディの日記を盗み読んで傷つくナンシーと、自分の人生を生き直したいイーディ。2人の関係はぎくしゃくする。

屋根裏部屋に長らく仕舞い込まれているのは、イーディの青春の思い出であるキャンプの道具と、大昔に父から送られた絵葉書。その葉書の写真に写っているのは、スコットランド、ハイランド地方のスインベン山という不思議なかたちの岩山だ。かつての夢を思い出したイーディは、キャリーバッグを引いて一人寝台列車に乗る。

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(c)2017 Cape Wrath Films Ltd.

不安を抱えながらも、新しい冒険への期待にワクワクするイーディの表情が魅力的だ。

人は歳を取れば外界からの刺激に鈍感になるし、守りの姿勢も強くなる。たとえ心の中ではあれこれ考えていたとしても、無表情が顔に張り付いてしまいがちだ。

イーディの繊細かつ豊かに変化する表情には、やっと自由を取り戻した人の開放感とともに、彼女が本来持っていただろう強い個性がうかがわれる。

しかし老婆の一人旅は何かと心許なく、見ていてハラハラする場面も多い。現地でひょんなことから知り合ったジョニー(ケヴィン・ガスリー)が、アウトドアショップを営んでおり登山にも詳しいとわかって、トレーニング・コーチ兼ガイドに雇うことになる。

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(c)2017 Cape Wrath Films Ltd.

イーディにとってジョニーは、知り合えてラッキーだったものの印象がとびきり良いというわけではないし、ジョニーの方も、相手が世間知らずの高齢者だからそこそこ稼げるだろう程度の認識だ。

近場の山の中での一連のトレーニングのシーンは、笑いを誘う。強がりで意地っ張りな婆さんに手を焼くジョニー、自分の山登りの常識を覆されつつ、最新の装備に興味津々のイーディ。自然の中で、時に軽口を叩き合いながら次第に2人が親密さを増していく様子は微笑ましい。

そして「山登りの先輩ジョニー/後輩イーディ」という関係性の中に時折、「人生の先輩イーディ/後輩ジョニー」という関係性が挿入されることで、世代を超えた心の繋がりも生まれていく。

昔とった杵柄とは言え高齢の身には堪えることも多く、弱気になって諦めかけたイーディを叱咤激励するジョニーの中には、歳を取った挑戦者への深い敬愛の念さえ芽生えている。

文=大野 左紀子

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