常識を捨てて挑む 83歳、人生最後の冒険


「個」として生き抜く


ジョニーの恋人で共同経営者として登場するのが、フィオナ。ビジネス面でリードしているやり手の彼女は、ジョニーに警告を発する。

フィオナはナンシーと同じタイプの人間だ。「高齢女性が山登りするなんて危険」も「高齢女性は施設に入った方がいい」も、穏当かもしれないがその人の個性を見ない考え方だと言える。

ジョニーに連れられて町のレストランパブに来たイーディを取り巻いていたのも、「山登りを目指す変わった婆さん」への好奇の視線だ。

相手が孫ほどの年齢の若者とは言え、せっかくエスコートされるのだから最大限のオシャレをしてきたイーディが、傷ついてトイレの洗面台でルージュを擦り取るシーンは哀しい。少しでも目立つ人間、「年相応」でない人間を常識の枠の中に押し込めようとする圧力が、世間にある。

しかし既にイーディの個性に魅せられているジョニーは、フィオナに素直に従うことができない。彼の中には、恋人の言いなりになっている自分への忸怩たる思いが潜在している。だからこそ、誰の言いなりにもならず「個」として生きているイーディの存在が大きくなっていくのだ。

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(c)2017 Cape Wrath Films Ltd.

ジョニーは、あくまで「個」であることと常識の中に生きることの間で揺れている人間、つまり視聴者である私たち自身と言えるだろう。

いよいよ山登りに出かける際の「何も心配することはない。僕がいるしね」という、高齢女性にとってはこの上なく頼もしいジョニーの言葉を、しかしイーディはきっぱり拒否する。

スインベン山に徒歩で向かうポイントで、ジョニーに自分の意思を告げるイーディ。どこまでも広がる緑の原野の真ん中、2人の小さな姿が反対方向に別れていくのを俯瞰で捉えたカメラワークが素晴らしい。

たった1人の冒険のなかで、これまで以上に目と耳をとらえ、心に染みてくる雄大な自然。1人でテントを張り、沸かして飲むお茶の暖かさ。この作品にはハイランド地方の美しい山河の光景が散りばめられているが、それらはイーディの単独登山の場面から急速に前面化してくる。

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(c)2017 Cape Wrath Films Ltd.

トレーニングを重ねて体力も知識もつけたとは言え、山の自然と移り変わる天候は83歳の身には厳しい。登山はイーディにとって、「亡き父と一緒に登るはずだった」という思い出の昇華ではなく、自分自身との過酷な戦いとなっていく。それは、不幸だった結婚生活に人生の大半を費やした自分を生まれ変わらせる、生涯で最後の戦いだ。

立ちはだかる最終の難関に重い装備を投げ捨てて挑む老女の姿と、彼女を待つ若者の決断が重ね合わされていく終盤に、胸が熱くなる。

連載:シネマの女は最後に微笑む
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『イーディ、83歳 はじめての山登り』発売中/DVD 3800円(税別)/発売元:アット エンタテインメント・販売元:TCエンタテインメント

文=大野 左紀子

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