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2020.11.25

「地球の歩き方」を直撃したコロナ禍という誤算 ひとり勝ちから一変 

Soloviova Liudmyla/Shutterstock.com

2020年11月16日の午後、筆者のもとに1通のメールが届いた。すでにメディアでも報じられたように、海外旅行ガイドブックシリーズ「地球の歩き方」を刊行するダイヤモンド・ビッグ社が、出版事業・インバウンド事業を学研グループに譲渡するという内容のものだった。

プロフィールのとおり、筆者は同シリーズの中国や極東ロシア方面を担当する制作会社の一員である。メディアによれば、「新型コロナ感染症の世界的流行で、海外旅行関連の事業環境が変化したことが影響」(読売新聞オンライン2020年11月17日)が譲渡の理由だという。

当事者のひとりとして、1964年の海外渡航の自由化以降の日本人の海外旅行のスタイルに深く影響を与えた同シリーズの版元が立ち行かなくなった事態を、市場の全体像や推移をふまえて解説してみたい。

東京五輪で飛躍の年になるはずだった


実は、こういう事態に至るだろうということは、関係者の間でもある程度予測されていた。それだけのどうしようもできない客観的な情勢があったのだ。国際線が前年比99%減という状況では、海外旅行専門出版社が保たないのは無理もない。市場が消滅した航空業界の惨状をみればわかるだろう。

筆者も含めた関係者にとってショックが大きいのは、昨年までの2010年代の日本は、国際観光市場の観点でみれば、バブルの時代を謳歌しており、まさに天国から地獄への急転直下が「地球の歩き方」を直撃したからである。

2019年は、日本人の海外旅行者数が初めて2000万人を超え、過去最高となった。加えてインバウンドも過去最高の約3200万人。つまり、年間で国際線の利用者が5000万人規模となる画期的な年だったのだ。しかも東京五輪が開催されるはずだった2020年は、さらなる大きな飛躍を遂げることを誰もが疑っていなかった。

「地球の歩き方」シリーズは、1979年の「ヨーロッパ編」「アメリカ編」創刊以来、世界各国・地域の100タイトル以上の巻が刊行され、国内では同業他社の追随を許さない存在だった。筆者も、創刊初期の1980年代に、同書を手にして海外へ旅立った世代である。

筆者がこのシリーズの制作に関わったのは2000年代半ばからで、すでに出版不況とインターネットによる海外情報の拡大で、紙メディアの優位性は揺らいでいた。
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文=中村正人

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