また綿矢の原作にもある印象的な言葉を生かしながら、大九監督オリジナルのディテールを巧みに織り込んでいく「技」は、「勝手にふるえてろ」でも冴えわたっていたもので、この2人のタッグの相性の良さも感じさせる。原作者の綿矢も次のように語っている。
「映画化のお話を伺ったときは、大九監督の魔法によって、どれだけキャラクターが生き生きとよみがえるのだろうとまず思いました。以前に映画化していただいたとき、主人公だけでなく、物語上のすべてのキャラクターたちが、本当に実在するようにリアルで、それでいてコミカルに描かれていたのが、驚いて忘れられなかったからです」
一方、大九監督もこの「私をくいとめて」を映像化しようとしたきっかけについて次のように語っている。
「この作品は、綿矢文学の醍醐味である切れ味のいい言葉たちの間を、さまざまな色が漂い、ある時はスパークする。色に溢れた読書体験を終えたときには、この色と言葉をどう描こうかと考え始めていました。私、これ撮らなくちゃとすぐにシナリオにして、プロデューサーに売り込んだ次第です」
とにかく「私をくいとめて」という作品では、原作者と監督の親和性の高さに驚かされる。この最強タッグが生んだ作品が、その人間関係の在り方というテーマとも相まって、コロナ禍で開催された東京国際映画祭で観客賞に輝いたのも宜なるかなだ。
最後に、今年の東京国際映画祭で、筆者が注目した作品を挙げておこう。ひとつは「ワールド・フォーカス」部門で上映された「ラヴ・アフェアズ」。いかにもフランス発の作品と思わせる入り組んだ愛の物語を、鮮やかに演出したエマニュエル・ムレ監督の手腕には関心した。中止となった今年のカンヌ映画祭に出品される予定でもあった作品だ。
東京国際映画祭 (c)2020 TIFF
もうひとつも同じく「ワールド・フォーカス」部門の、こちらはオーストリアとドイツの映画「トラブル・ウィズ・ビーイング・ボーン」。過去と現在が折り重なりながら、アンドロイドの少女をめぐる記憶の物語が展開する。こちらは大九監督の「私をくいとめて」と同じく、女性のサンドラ・ヴォルナー監督の作品で、アーティスティックなタッチで描かれる映像美に富んだ作品であった。
東京国際映画祭 (c)2020 TIFF
連載:シネマ未来鏡
過去記事はこちら>>