東京国際映画祭で注目された作品は? 観客賞の「私をくいとめて」が存在感

12月18日(金)より全国ロードショー(c)2020 「私をくいとめて」製作委員会


脳内に棲むもう1人の自分


原作は、3年前に大九監督が観客賞を受賞した「勝手にふるえてろ」と同じ、芥川賞作家である綿矢りさの小説。主演の松岡茉優がコメディエンヌとしての才能を開花させ、こじらせ系のイタい女子を小気味よく演じた「勝手にふるえてろ」は、作中のヴィヴィッドなセリフ回しが印象的で、筆者がその後、大九監督の仕事に注目するきっかけともなった作品だった。
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その綿矢りさと大九監督(両作で脚本も担当)が再びタッグを組んだ「私をくいとめて」では、主演ののんが、人間関係の構築があまり得意ではなく、おひとりさま生活を実践する31歳のOLを、リアルでユーモラスに演じている。

みつ子(のん)は、平日は会社員として無難に働き、休日は充実のおひとりさま生活をめざす独身女性だ。どちらかというと人との距離の取り方が苦手な彼女には、秘密があった。それは、脳内に棲むもう1人の自分、「A」の存在だ。

「A 」は「Answer」の「A」で、みつ子は人間関係に戸惑ったときなどは、いつもAに相談し、的確な答えを得ようとするのだった。この1人芝居とも言える演技を、主演ののんが見事に演じている。何度も登場するこの「自問自答」のシーン、Aの声が男性のものなので最初は観ていて少し戸惑うのだが、作品を通じてのいちばんの見どころでもある。
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(c)2020 「私をくいとめて」製作委員会

この物語の主人公である、みつ子のおひとりさま生活は、コロナ禍での巣篭もり生活も想像させる。人との距離の取り方があまり得手ではない主人公が、自炊して部屋で寛ぐ姿は、現状に100%の満足をしていないという意味では、今年わたしたちが強いられてきた「自粛生活」に通じるものを感じさせる。

そんなみつ子の日々の暮らしに、突然、「恋」という「変数」が訪れる。近所に買い物に出かけた際に、職場を訪れる年下の営業マンである多田くん(林遣都)と出会うのだ。実はお互いの家が近いとわかり、多田くんに手料理を振舞う関係となるが、但し多田くんは玄関先でみつ子がつくった料理を受け取り、そのまま帰っていくという、モラトリアムな状態が続いているのだ。

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(c)2020 「私をくいとめて」製作委員会

これが果たして恋なのか、みつ子は多田くんとの関係を、もう1人の自分であるAに相談するのだった……。

公開時にはロングラン上映が続き、根強く観客から支持された作品「勝手にふるえてろ」でも、随所に見せていた大九監督のきめ細かい演出は、この「私をくいとめて」でも健在で、シーンの隅々にまで行き届いている。

物語の導入部、部屋干しの下着をたたみながら、みつ子がAに人間関係について相談するシーンは、のんのコントラストの効いた豊かな演技とともに、この作品の世界へといつの間にか観る者を引き込んでいく。
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文=稲垣伸寿

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