思い当たったのは第1次再審請求審で棄却した1審・大津地裁の裁判長、坪井祐子裁判官(現大阪高裁判事)だった。7度にわたる裁判で「有罪」を認定してきた裁判官は24人に上る。なぜ、ことさらに1人の名前を特定して「許せない」とまで語るのか、私と角記者にもすぐには理解できなかった。
後にわかるのは、この場面こそが、西山さんの「理不尽なことが許せない」という特徴的な一面を表している、ということだった。
坪井裁判官と他の裁判官との違いは、別の事件で検察と〝裏取引〟をして有罪に導いた過去がある、という経歴だった。坪井裁判官は、同じ滋賀県の事件で2018年に大津地裁が再審開始を決定した日野町事件(1984年発生)の1審・大津地裁の裁判官を務めた。この時の無期懲役の有罪判決は今も「いわく付きの判決」と語られる。
判決を起案する陪席裁判官(=坪井裁判官)が法定外での担当検事との打ち合わせで「起訴事実の殺害場所や時刻、被害品をぼやかしたほうがいい」と有罪判決に導く〝裏取引〟を持ちかけたことを毎日新聞が報じ、衝撃が広がった。裁判所はコメントしなかったが、検察官が認めた。
冤罪で苦しむ人たちのために 西山さんのいまの姿
西山さんは、獄中にいたときから他の冤罪事件にも強い関心を持ち、同じ滋賀県内で起きた日野町事件は裁判の内容についても詳しく勉強していた。
出所後の西山さんに発言の真意を聞くと「裁判官なのにそんなことをするのが許せないと思うんです。自分の裁判じゃなくても、やっぱり腹が立ちます。許せません」と、坪井裁判官に対しては自分が棄却されたことよりも、日野町事件のことに憤っていた。
そのことを小出君に伝えると、彼は「なるほど、そういうことか。それも彼女の特性の一つだよ」とうなずいた。
「検査でわかったADHD(注意欠如多動症)の特性としては、集中力が持続しなかったり、感情にムラがあったり、急に予定変更をするとパニックになる、などがあるが、彼女の場合はASD(自閉スペクトラム症)の傾向も実は出ているんだよ。その特徴として、人によっては正義感が強く出るケースがある。曲がったことが許せない、というね。彼女がその裁判官を許せないと言ったことに、これで納得できたよ」
不正義は許せない、という特徴とともに、もう一つの彼女らしい性格を私たちは後に知ることになる。それは、小学校の通知表に担任教師たちが書いた「(他人に)優しい」という一面だった。自責の感情が強い傾向のある西山さんは、自分の苦しみよりも自分の周りの人が苦しんでいる状況に、より苦痛を感じる。
出所後、苦しみながらも再審への道をあきらめなかった彼女が、繰り返し私たちに訴えたことがある。それは、両親への思いだった。
「再審を続けることは本当に苦しい。だから、何度もやめたいと思う。自分のことだけだったらやめられる。でも、冤罪のせいで一番苦しんでいるのが両親なんです。だから、両親のためを思うと、やめられないんです」
苦しむ人のために間違っていることを正したい。そんな彼女の行動原理は、ことし3月の再審で晴れて無罪になった後も変わらない。出所後から、冤罪被害を訴えながら再審が果たされない人たちのために街頭で署名活動をしたり、講演に応じたり、という救援活動を続けているのも「助けたい」という思いがその背景にある。
西山さんの軽度知的障害と発達障害、愛着障害は、事件で刑事たちにその〝弱み〟に付け込まれ、冤罪という苦しみを強いられた。だが、その特性は必ずしも負の側面ばかりではない。彼女の生来の性格は、冤罪被害者を支援するという役割を受け入れたいま、逆に〝光〟となって不遇な境遇の人たちを照らそうとしている。
西山さんは発達障害が分かった当初はショックを受けたというが、いまは前向きに歩んでいる(Christian Tartarello撮影)
連載:#供述弱者を知る
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