解離性障害の可能性を確認するやりとりの後も、面会室では小出君と西山さんの会話が続いた。取材班は350通余の手紙と裁判資料、家族や恩師らを通じての取材でしか西山さんのことを知らない。小出君から伝え聞く彼女の言葉には、知られざる彼女の等身大の姿が見えてくる貴重な内容があった。
小出医師 「友だちは多くないよね」
西山さん 「はい。どうしたら友だちができるのか分からず、お金を渡したら友だちになってくれるかなと思って渡したこともありました。あと、小さいころ、近所のおばちゃんが『兄ちゃん2人は良くできたけど、この子はちょっとなあ。DNAの型を調べてみた方がええんと違うか』とお母さんに言ったことがあった。お母さんが反論しなかったから、すごく傷ついた」
DNAの件は初めて聞く話だった。後に母令子さん(70)に聞いたが「全く覚えていない」と驚いていた。おそらく〝たわ言〟として相手せず、記憶にもとどまらなかったのだろう。近所のおばちゃんの〝たわ言〟は幼い西山さんの心に深い傷を残し、その後も長く尾を引く罪深い一言になった。
刑事は「よき理解者」だった 過剰な自責の念
さらに会話は続いた。
小出医師 「ものごとにこだわる方かな?」
西山さん 「はい。何か一つ決めたらやり遂げないといやです」
小出医師 「いまのこだわりは?」
西山さん 「井戸先生です。一生懸命やってくれるので信用できます」
こだわりを聞かれて知人の名をだすところは、人間関係を重視する西山さんの特徴と言えるだろう。井戸弁護士と比較する形で「1審の時は弁護士と信頼関係がなかった。弁護士に『否認していたら印象悪い。罪を認めれば9年ぐらいになる』と言われた。控訴のときも『忙しいからなかなか来れない』と言われ、一生懸命やってくれなかった」と打ち明けた。
井戸弁護士は「それが事実なら美香さんのお父さんが1審弁護団を許せないという理由は分からなくもない。無実を確信できなかったのだろうか」と当時の状況を推し量った。
人間関係では信頼できるかどうかを最も重視する西山さんは、事件の渦中、信頼の対象は取調官の刑事だった。それがあだになった。
小出医師 「A刑事に対する当時の気持ちは?」
西山さん 「好意というより、よき理解者。初めて友達ができたときの感情。この人を信用した方がいいと思った」
その後の会話では、責任感の強さと併せ「正義感が強い」という意外な素顔が浮き彫りになった。
小出君に事件直後のことを聞かれた西山さんは「最初に私を取り調べた刑事さんには『患者さんが亡くなったことには責任を感じています』と話しました」と言った。手紙にも患者の死亡について「巡回中に(異変に)気づかなかった自分に責任がある」とたびたび書いていた。
過剰とも言える自責の強さは、虚偽自白の直前のうつ状態の中で「自分のせいにすればいい」という誤った判断を導いた。一方で、それは人に頼まれたことや自分の仕事には責任を持ちたいという西山さんの良い一面とも言える。
刑務所の面会室では、西山さんのある言葉が小出君の印象に強烈に残った。
「坪井裁判官だけは許せない」
面談を終えた小出君は、刑務所の外で待っていた私と角記者に書いたメモに目を落としながら「坪井裁判官って誰かな?」と聞いた。