冤罪で苦しむ人の「光」に 精神鑑定で明るみになった「正義感」|#供述弱者を知る

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供述弱者という視点で浮かび上がってきた障害。刑事の取り調べで付け込まれた障害の特性には、負の側面だけではなく〝光〟もあった。

2017年4月20日、新聞記者から精神科医に転身した小出将則医師(59)と臨床心理士の女性による獄中での精神鑑定で、西山美香さん(40)の軽度知的障害とADHD(注意欠如多動症)、愛着障害が判明した。2004年に誤認逮捕されて以来、13年もの間、殺人犯という濡れ衣を着せられてきた西山さんにとって、判明した障害は、忌まわしい汚名をそそぐカギになる。

前回の記事:誰にも気づかれなかった障害 獄中鑑定で判明した新事実

知能、発達、愛着障害に関連する全ての検査が終わった時点で、許可された午後3時までに20分ほどの時間が残っていた。面会室で小出君は初めて事件のことを直接西山さんに聞いた。その質問には隠されたある目的があった。

獄中鑑定、「解離性障害」の可能性は


小出医師 「事件当日のことを覚えていますか?」

西山さん 「はい。看護師のSさんと巡回でおむつ交換していたら(死亡した)TさんのところでSさんが『あっ』と言った。私はその時は病室の奥のベッドの○○さんのところにいた。いつも私は奥のベッドから回るので。Sさんは『呼吸器のじゃばら(チューブ)が外れていた』と言った。Sさんは当直で仮眠中だったもう1人の看護師のKさんに指示して、痰(たん)の吸引を始めた。私は『えっ』と思った。なんで心臓マッサージをしないのかなって。そういうときは、いつもはまず、心臓マッサージをするから。それでも黙って見ていた」

小出医師 「はっきり覚えているね。動転して記憶が飛んでることはない?」

西山さん 「はい。覚えてます」

小出医師 「この事件の場面に限らず、記憶が飛ぶという経験をしたことは?」

西山さん 「ないです」

実は、会話の中で彼は西山さんに「解離性障害」がある可能性を調べていた。解離性障害とは、記憶がすっぽり抜け落ちたり、自分の行動に現実感や実感がない状態に陥ったり、自分が自分でないような感覚になったりする症状。中でも解離性同一性障害は、いわゆる多重人格で、自分の中にいくつもの人格が現れ、ある人格が表れているときには別の人格のときの記憶がない、という症状が現れる。

もちろん、私たちはすでに「西山さんは無実だ」という確信を持っていた。だが、同時に西山さんが殺人を実行したとの想定で、すべての可能性を考え、その芽を摘んでおくことも必要だった。想定し得る可能性として残ったのは「本人がやったことを全く記憶していない」という解離性障害だった。

「面談できれば解離の可能性は確認できる」

精神鑑定が許可された時点で、小出君はそう言った。私はその確認を彼に託した。

鑑定を終えて面会室から出てきた小出君にIQと発達障害の鑑定結果を聞いた後、せき込むように「解離はどうだった?」と聞いた。彼は「大丈夫。解離はない」と答え、こう続けた。

「彼女には時間軸に沿った明確な記憶があった。記憶の脱落や整合性のとれない説明もない。事件以外の場面でもそのような兆候はなかった。両親の聞き取りも合わせ、間違いない」

安心する一方で、つくづく、冤罪の立証ほど理不尽なことはない、と思わざるを得なかった。本来、立証を尽くさなければならないのは、有罪と決め付けた側のはずである。ところが、警察と検察の捜査では事実誤認や致命的な矛盾がさらけ出されているにもかかわらず、平然と有罪の主張を繰り返し、裁判所も安易に認め続けてきた。

逆に、無罪を証明する側が直面するのは、ないことを証明することほど難しいことはない、という現実だ。巨額の公費で行った捜査と裁判の不始末の事後処理を強いられているようで、理不尽なことこの上ない。
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文=秦融

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