キャリア・教育

2020.11.23 17:00

MIYAVIらから若者へ「未来のために正しくしなやかに狂おう」

ミュージシャンのMIYAVIと社会起業家の牧浦土雅


小国:MIYAVIさんのデモの話に激しく同意をするのですが、必要な手段の一つだとは思う一方で、僕自身は乗っかりたいと思えないんです。僕は、「怒っている人よりは笑っている人の所に人は集う」「楽しそうにやっている、本気で心から笑っている人の周りに人は集う」と思っています。笑いながら革命をしてく方がいい。
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「注文を間違える料理店」や「deleteC」、他にも様々なプロジェクトに関わっていますが、ちょっとクスッと笑えるとか肩の力が抜けることの方が、人の心に隙ができて、思わずそれを手に取ったり、ぐっと距離を縮められる。

MIYAVIさんも宮城さんも言っていましたが、「Vision Hacker」の人たちは、例えば、牧浦くんや永井くん、寺本くんも、普通に、肩の力が入らず、気負いなく活動し、自分の活動がことさらすごいことだという感覚もない。彼らは経歴を見てもピカピカだと思いますが、そのことには一切触れない。「自分が何をやりたいか」ということに素直に向き合っている人たちで素敵だなと思いました。

結局、自分の心には嘘をつけない。それが嘘であることを自分が知っているからです。MIYAVIさんも含めて、みな、自分の心に嘘をついてない人たちが集まったからこそ、気持ちいい4時間半だったんだと思います。
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僕が「Hack the World」でイメージしていたのは、吉田松陰の松下村塾。一度、訪れたことがあるのですが、山口県萩市の山奥の民家の物置小屋のような場所にあったんです。本州の端の山口県、かつその端の萩市、またその端にある民家の端の物置小屋というのは、本当に端の端の端。インターネットも何もない時代に、この場所から日本を描いていた、ということに驚愕しました。

MIYAVIさんもおっしゃっていましたが、政治家が日本をつくるのではない。日本の端の場所で議論をしていた人の集まりから、日本の新時代をつくった人たちが生まれています。その創造力というか、「描く力」がすごいなと。この「描く」ということがいま、もっとも求められていると思います。

吉田松蔭が松下村塾で残した言葉があるのですが、「諸君、狂いたまえ」。描くためには、縮こもるのではなく、狂っていいんだよ、と。

自分の本当に作りたい世界に対して、どれだけ夢中になれるのか、熱中できるのか、本気になれるのか。狂うくらいやらなければいけない、と、みんなの脳みそをぱっかーんと割ったと思うんです。「Vision Hacker」は、正しく狂うというか、しなやかに狂うというか、自然に狂うっている人たち。そういう人たちが作る世界を見て見たい。正しく狂う人が描くビジョンは魅力的で、思わず人が乗っかりたいと思うビジョンだと思うので、そういう人たちが普通にいられる社会になると僕としては楽しいなと。



MIYAVI:僕自身でさえ、改めて俯瞰して見た時につくづく自分って狂ってるなと思いますよ。そもそもこんなタトゥーを入れてる奴が難民キャンプいかないですからね(笑)。でも、狂いたいから狂っているのではなくて、周りの温度と比べたらそう見えるだけ。結局自分がワクワクできているかどうか。自分がワクワクしていないのに、他人なんてワクワクさせることはできない。僕も自分に嘘をつけないんだよね。

「狂ってていい」ということを当たり前にしていくというか、理性、知性を持ったのが僕たちの人間として生まれたことの特権のようで、実はリミテーションの始まりとも言える。どれだけ直感的、動物的にあれるか、そのはざまにいることを考えるべきかもしれないなと。いまは、すごい理性と知性でがんじがらめになっていると思う。いいところはもちろんあると思うけど、狂ってるくらいがかっこいいという空気は大事だと思う。
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文=山本智之

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