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ズーが持つ倫理観と問題の本質


「ズー」と呼ばれる彼らは、動物に対して「セックスのための性的なトレーニングは決して行ってはいけない」という倫理観を持っている。動物を道具扱いせず、対等な関係の中で、お互いがしたいと思った時に、セックスをする。

人間の都合で動物を去勢し、「性のない愛玩物」「子ども扱い」してコントロールするのではなく、子どもではなく成熟した存在として、対等なパートナーとして接するべきである、と彼らは考えている。

そこには、人間と動物の間に歴然と存在している「支配/被支配」の関係性から抜け出して、生に欠かせない性という要素を含めて、パートナーである彼らを丸ごと受け止めたい、という願いがある。

ズーの問題の本質は、動物とのセックスの倫理的是非をめぐる問題ではなく、「世界や動物をどう見るか」という世界観の問題である。「誰を愛するか、何を愛するかということについて、他人に干渉されるべきではない」という思想の問題でもある。

人間と動物との間の「対等性」や「性的同意」をどこまで立証できるのかという問題はあるが、主張としては論理的に筋が通っている。

LGBTに理解のある人にとっては、ズーの主張や振る舞いが、他の性的マイノリティと同様に、社会的に理解・擁護されるべきものである、という感想を持つ人も少なくないはずだ。

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Getty Images

本書の中で、ある一人のズーが「障害者の性がケアされることと同様に、犬の性もケアされるべきではないか」と語る場面が登場する。

2004年に刊行された『セックスボランティア』(河合香織:新潮社)は、女性の書き手がこれまで光の当てられていなかった障害者の性という領域を描き出し、大きな話題を呼んだ。同書の刊行をきっかけに、障害者の性を支援する団体や風俗店に注目が集まるようになり、メディアで取り上げられる機会も増えていった。

おそらく、本書『聖なるズー』も、今後そうした波及効果を巻き起こしていくのではないだろうか。本書を読んで「自分もズーだ」と自認する人々が声を上げるようになり、少しずつ当事者のコミュニティが作られるようになり、メディアでも取り上げられるようになる可能性はある。

繰り返されてきた悲劇。ズーが歩む未来は


ここで懸念されるのは、これまで性的マイノリティの世界で何度も繰り返されてきた悲劇が、ズーの世界においても、同じように繰り返されるリスクだ。

海外の事例や理論をそのまま日本で適用しようとして、不要な摩擦や葛藤が生じてしまう。本当はズーではない人たちがズーと名乗ってバッシングを受けたり、「誰が本当のズーか」をめぐって、当事者内部で苛烈なマウンティング合戦が起こる。他の性的マイノリティからの差別や排除が起こる可能性もある。

また性暴力の被害者や精神疾患の患者など、心身に性的な傷を負った人たちが集まり、自分の痛みとズーの痛みを同一化して、「動物性愛者への差別が許せない」「動物に対する差別が許せない」という声を上げて、ズーや動物を代弁して、SNS上で暴力的な言動を繰り返すようになるかもしれない。

もちろん、そうした摩擦や葛藤は、特定の性的マイノリティが社会に認知されるためには避けて通れないプロセスなのかもしれない。

しかしズーの場合は、片方の相手が人間ではない。そうした中で、「パートナー」との「対等な権利」や「性的同意」を社会に向けて発信することは、容易ではないだろう。

ズーという概念、及び当事者のコミュニティが国内でもソフトランディングできるように、ズーの主張を真摯に描いた本書の内容が多くの人に読まれることを祈りたい。

(この記事は『聖なるズー』から引用・再編集したものです)

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