面会室の外では私と角記者が、今や遅しと待っていた。出てきた小出君の顔を見るなり、問い掛けた。
「どうだった?」
小出君の答えは「思ったとおり」だった。午前中に判明した軽度知的障害に加えてADHD(注意欠如多動症)の発達障害が明確になった。
気づかれにくい「グレーゾーン」のケース
井戸弁護士はいつもの冷静な雰囲気とは違い、少し気が高ぶり顔が上気しているように見えた。弁護人を引き受けてから5年、何度も面会室で接してきた井戸弁護士でも障害に気づくことはできなかった。結果について改めて「正直、驚きました」と話した。鑑定中、細かな質問と答えを間近で見聞きし、常識問題の質問でつまずいたり、答えに詰まったり、と思ってもみない場面に「あっと思った」という。
西山さんは収監されて以来、両親に何百冊に上る本の差し入れを頼む読書家で「冤罪」という漢字も手紙には正確に書く。自分の裁判に関する難しい法律用語もどんどん覚える努力家の一面もあり、記憶力もいい。そんな様子に接してきただけに井戸弁護士が「意外だった」と受け止めるのも無理からぬことだった。
掃除や配食などが職務で資格も必要がない看護助手として医療現場で働いていた西山さんは、多くの医師や看護師と接してきた。だが、医療者でさえ誰も障害に気づかなかった。多くの弁護人とも接してきたが、その性格分析は「迎合しやすい」ということにとどまっていた。
このことは、専門知識と診断経験がない人が、日常生活に大きな支障がない軽度知的障害や発達障害に気づくことは、極めて難しいということを意味している。それは私たちが障害のことをよく理解していない、ということに他ならない。多くの人が障害を「自分にはあまり関係のない問題」という先入観を持ってしまっているのが、世の中の現状だと言えるだろう。
西山さんのように、障害が軽度で見た目にはわかりにくい「グレーゾーン」のケースは、生きづらさを感じながらも日常生活や仕事で大きな支障はない。だが、ひとたび取り調べという〝非日常〟の空間に置かれ、なおかつ犯人視されるという異常な状況の中では、ひとたまりもない。
検査を終えた小出君はこうつぶやいた。
「彼女の場合、何も武器を持たずに戦場で敵と戦わされるのと同じだっただろうね」
連載:#供述弱者を知る
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