「彼女の嘘は人を陥れる嘘ではない。そこを裁判官たちは何も分かっていない。嘘をついているから信用できない、と頭っから犯人視しているから、こんなおかしな判決が繰り返される。人を裁く立場にありながら自分が無知だということを知らない。これは恐ろしいことです」
被告に障害がある可能性についての法廷での指針は何も示されていないのか。裁判官として30数年のキャリアを持つ井戸弁護士に聞くと「まったくですね」と苦笑した。
スタートの午前10時半よりかなり余裕を持って和歌山刑務所に着いた。正門を進み、面会室のある建物の入り口を入ってすぐの待合室に入った。井戸弁護士、小出医師、臨床心理士の3人が金属探知機を通って、面会室に通じる扉の向こうに消えてった。私と角記者は午前中の面会時間が終わるまで、外で待つことになった。
無邪気な印象 本人のギャップに戸惑う
面会室では、小出君と臨床心理士の女性が西山さんと初めて対面した。
西山さんは、小出君たちとの面会を新たな出会いとして楽しみにしていたという。「小出先生に優しい文面の手紙をもらっていたので、いい人だろうなとイメージしていました」。幼少期から「友だちができない」という悩みを抱え、刑事に殺人犯に仕立てられてしまった女性を、多くの人は内気で人見知りのイメージを抱くかもしれないが、素顔の西山さんはまったく違う。それを最もよく表しているのがこの時の面会シーンだった。
3人が面会室に入ると、しばらくして作業着姿の西山さんが、アクリル板の向こうにある狭い部屋の奥のドアから入ってきた。アクリル板を隔てた真向かいの席に座って、すぐ臨床心理士の女性に「○○さんですよね。下の名前は○○ですよね」と明るく元気な声で言った。続いて、小出君の方を向くと「小出さんですよね。下の名前は確か…マサノリ(将則)!」と言って笑顔を見せた。
事件の内容からどうしても暗い女性をイメージしがちだが、この弾けるような登場シーンを後で聞いた時は、それまで勝手に抱いていたイメージとのギャップに戸惑った。その後、3年ちょっとの付き合いになる西山さんとの間では、知人を紹介する場面が何度もあったが、初対面の相手にいつも明るく快活に話し掛ける。
面会室。井戸弁護士が西山さんに「懲罰は大丈夫でしたか」と問いかけると「大変でした」と苦笑した。直前の自殺騒動からは立ち直っているようだった。
「先生、致死性不整脈の話はどうなっていますか?」
大阪高裁での再審請求審の話を自分から持ち出した。3月14日に裁判所側からの呼び掛けで三者協議が開かれ、審理が動きだしたことを前回の井戸弁護士との面会で知らされていた。事件に関係する新聞記事を切り抜いたファイルも面会室に持ち込み、審理の進展を井戸弁護士に熱心に聞いた。
雑談の後、いよいよ精神鑑定が始まった。午前中は心理検査。西山さんは握りしめるように鉛筆を持ち、真剣に取り組んだ。質問を直接行うのは臨床心理士の女性で、小出君は鑑定の進行をチェックしながら、西山さんの言動を医師の目で慎重に観察した。
午前中の検査が終わると、昼食のために面会室から出てきた小出君らと合流。近くのうどん店に入った。小出君はすぐに手帳にペンを走らせながら検査データを計算し、IQの数値をはじき出した。「予想どおりだよ」。そう言って示された数値は、軽度知的障害に該当していた。井戸弁護士もその結果に「意外ですね。高い方だとは思っていなかったですが、障害の範囲に入るとは思いも寄らなかった」と驚いていた。
昼食後、午後の検査に入り、午後3時ごろ、すべての検査が終わった。