これまた、パラドックスであり、「成功の罠」といっていい。現状維持派に見られるように、業績が上がり、給料をアップすればするほど、「闘う」意思が低くなる構図だ。
章男の苦悩は深まるばかりだ。しかし、これは章男の経営ステージが一段あがって、第2ステージに突入した証しといっていい。
NTTとの資本提携、子会社設立。矢継ぎ早に動く
豊田章男は、社内の沈滞ムードを吹き飛ばし、覚醒を求めるかのように、ウーブン・シティの実現を目指し、矢継ぎ早に動いた。まず、2020年3月、NTTとの資本・業務提携を発表した。
ウーブン・シティの実現には、自社だけでなく、さまざまな業界の知見を必要とする。なかでも、情報通信技術を抜きには、ビッグデータの活用は考えられない。
「社会システムに組み込まれたクルマを、もっとも上手に活用いただけるパートナーがNTTだと思っています。社会を構成するさまざまなインフラはNTTが提供する情報インフラに支えられています」と、章男は強調している。
トヨタの子会社「TRI-AD」から新たに持ち株会社と2つの事業会社が派生することに(Getty Images)
この7月、自動運転に関わるソフトウェア開発を手掛ける子会社TRI-AD(トヨタ・リサーチ・インスティテュート・アドバンスト・デベロップメント)から、持ち株会社「ウーブン・プラネット・ホールディングス」と、自動運転技術の開発などを担う「ウーブン・コア」、ウーブン・シティなどの新たな価値の創造を担う「ウーブン・アルファ」の2つの事業会社を設ける新体制に移行させることを発表した。
ここで注目しなければならないのは、章男がウーブン・プラネット・ホールディングスに資本家として少なからぬ個人資金を投じると公言したことだ。つまり、ウーブン・プラネットに資本家として関わることを意味する。起業家としての位置づけといっていいだろう。
いま、“豊田章男論”を語るとすれば、その点がこれまでの章男とは違ってきている。まさしく第2のステージに入ったのだ。
むろん、経営者を“卒業”したわけではない。起業家すなわち資本家としての役割を担い、トヨタの大変革に真っ向から取り組む覚悟とみていい。
現場の“オヤジ”を自称する、執行役員の河合満は、この2月、春闘の席上、次のように語っている。
「ウーブン・シティという明確なビジョンが示された今年は、この会社で働くすべての人の行動をモデルチェンジしていく、まさにラストチャンスです」
幸い、トヨタは11月6日、コロナ禍にありながら、2021年3月期の連結業績見通しについて、売上高、営業利益、最終利益のすべてを上方修正した。底力といっていいだろう。とはいえ、営業利益1兆3000億円は前期の4割以上落ち込むほか、販売台数は942万台で前期に比べて1割減る見込みだ。油断は許されない。
錆びついたトヨタの“大掃除”をすべく、豊田章男は第2ステージでも“総力戦”を覚悟しているのである。
*新連載「深層・豊田章男」、次回は11月28日にお届けします。