全て、同じ会社の話である。その名はモンスター・ラボ。
フランス語で「私の」を意味する「mon」と、星を表す「スター」が社名の由来だ。
昨今のコロナ禍も後押しとなり、“DX”があらゆる企業の重要テーマとなっているが、それ以前から顧客のDXを推進するデジタルプロダクト開発を企画からグロースまでワンストップで手がけ、グローバルで存在感を放ってきた。
同社の特筆すべきところは、ナレッジと世界的なネットワークだけではない。
その強みを活かし、中東ガザ地区における難民雇用機会の創出を目指すSDGsプロジェクトも推進。現地の人々の生活向上に貢献する取り組みは、開発途上国の現状や現場で活躍する人々の姿を紹介する月刊誌、JICA広報誌「mundi」でも紹介されている。
一体どうすれば、これほど純粋で、壮大な事業を実現できるのか。
創業者、鮄川宏樹の軌跡と想いから、グローバルカンパニーの凄みに迫る。
世界中のタレントと協働し、
“伸びしろ”のあるグローバルマーケットを切り拓く
改めてモンスター・ラボの事業について紹介しよう。同社では顧客のDXを推進するデジタルコンサルティング事業と、RPAツールや店舗向けオーダーシステムを開発するプロダクト事業を展開している。
ここで一つ疑問が浮かぶ。
両分野とも“レッドオーシャン”。しかも競合には大手SIや名だたる外資系コンサルファームも存在するがどのような優位性で、彼らは勝ってきたのだろうか。
「デジタルコンサルティング事業部の特徴は、世界16カ国27都市に点在する“世界中の才能を活用できる”こと。そして、世界中のニーズに応えられることですね。
これまで当社はM&Aを含めて世界中に拠点を増やしてきました。3年前に買収したコペンハーゲンに本社を構える会社はデンマークとイギリスに拠点を構えていましたが、そこからドイツ、オランダとマーケットを広げ、チェコ、ウクライナにも開発拠点を拡大。さらに、2019年にはドバイに進出し、新しいマーケットを続々と開拓しています。
特に中東は日本に比べDXが遅れていて、サウジアラビアでは2030年までに石油依存から脱却する国家ビジョンも掲げています。成長マーケットである中東など、グローバルな市場で世界中の案件を受注できるという会社はまだまだ多くありません。この強みを活かし、事業を拡大していくつもりです。
デジタル化の余地が大きいマーケットに対して、世界のタレントを活用したソリューションを提供できる点が、当社の独自性と言えるでしょう」
では、プロダクト開発事業部はどうだ。
「最大の特徴は、各国の社内アントレプレナーたちがボトムアップでプロダクトを立ち上げる風土。国によって課題や技術環境はさまざまですが、世界各国に拠点があることで、現地に根ざしたプロダクトを生み出すことが可能です」
同社では神戸市の地域課題解決プロジェクト「Urban Innovation KOBE」に自社開発したRPAツール『RAX EDITOR』を応用して作成した手当計算ロボットを導入。実証実験の結果、3,100時間超の業務削減に成功している。『RAX EDITOR』は、マニラ拠点であるオペレーションセンターの業務改善プロジェクトを推進する過程で生まれた。
世界各国で、こうしたプロダクトが立ち上がっているのだ。
光の当たらない“個の才能”を、活かせる場所をつくりたかった
同社のグローバルな事業は一体、どのような経緯で生まれたのだろうか。鮄川のキャリアを紐解いてみよう。
1999年、新卒でPwCコンサルティングに入社した彼は、大手企業の経営課題を解決するプロジェクトに参画し、経験を積んだのちにITベンチャーに転職。順調にキャリアを重ね20代でマネジメントを任されるようになり、上場も経験した。
そして、米国系戦略コンサルティング会社を経て、2006年にモンスター・ラボを創業。
独立系アーティストの音楽配信サービス『monstar.fm』を立ち上げた。それにしても鮄川は、なぜ輝かしいキャリアを捨て、“起業”という道を選択したのだろうか。
「弟が音楽をやっていたこともあり、インディーズのライブによく足を運んでいました。そこで『名もないアーティストを応援したい』と思ったことが、創業のきっかけです。当時、実力があるアーティストでも、結局TVCMなどマス向けのプロモーションを打たなければ、有名になることはなかった。でも、インターネットの力があれば、光の当たらない個人が才能を発揮できる場所をつくれると思ったんです」
こうして立ち上がったモンスター・ラボ。しかし、当時は思うような結果が得られず、受託でプロダクト開発を手がけるようになる。これが世界中の人材を活かす、現在のデジタルコンサルティング事業のきっかけとなった。
「受託開発を始めたことがきっかけで、2社目のITベンチャーにいた頃に中国でIT開発拠点をつくって日本の案件を受けていたことを思い出しました。そして、国内のエンジニア不足が深刻になっていく一方で、これを機会と捉えれば『世界のエンジニアやクリエイターに機会を提供できる事業ができるのでは』と思ったんです。
振り返ると、私がやりたかったことは『可能性や才能を持った個人に機会を提供すること』だった。そこで、世界中でプロダクト開発のアウトソーシングができるプラットフォームをつくるべく、グローバルソーシング事業にシフトしました」
事業を通じ、社会に貢献する“唯一無二”の存在へ
2015年からグローバルソーシング事業を開始し、今や世界16カ国27都市に拠点を展開する同社。
「多様性を活かす仕組みを創り、テクノロジーで世界を変える」というミッションを掲げ、国ごとの特徴を活かす企業文化を醸成している。
「これまでオーガニックの成長に加えてM&Aも行い、世界中に拠点を増やしてきましたが、買収した企業のカルチャーやマネジメントスタイルはできるだけ尊重するようにしています。当然、拠点ごとに価値観は違うのですが、拠点間でシナジーを生むことは可能です。
マーケティング、エンジニアリング、ファイナンス、人事といった機能を横串で展開し、自分たちのオペレーショナル・エクセレンスや価値観について各国から選出した代表たちで話し合うワーキンググループを機能ごとにつくっているからです」
なぜ鮄川は「多様性」に重きを置くのか。そこにはある原体験があった。
「中国に拠点を構えた2011年当時、日中関係は難しい時期でしたが、それでも私を家族のように迎え入れてくれた中国人が何人もいた。そのときに、国籍が違っても信頼関係をつくれることを実感したのです。
特に仕事なら国籍やバックグラウンドが違っても同じ事業やプロダクトに向き合うことで戦友になれる。結局、人は本質的に何も変わらないと思うんです。誰だって褒められたら嬉しいし、人の役に立ちたいはず。多様性を活かすことで、国や文化の違う人たちが心の通わせる経験を重ねられると信じています」
同社のミッションを象徴するエピソードはこれだけではない。モンスター・ラボでは、パレスチナのガザ地区における難民の雇用創出を目指したSDGsプロジェクトにも参加し、現地の若者たちが活躍できる場所をつくろうとしている。
「私のミッションは事業を通じて社会に貢献すること。パレスチナのガザ地区は国境が封鎖され、長年にわたって人や物の出入りが制限されています。その結果、経済や生産活動が停滞。若者失業率は世界最悪レベルの6割にも達しています。
こうした問題は政治的解決が重要であることは間違いありませんが、それを待っていては今、目の前の問題を解決できません。事業を通じて現地の人たちの経済的な自立を支援することができれば、自社の社員にとっても存在意義を感じられ、モチベーション向上にもつながると思っています」
社会貢献やSDGsは一見、ビジネスとして成立させることが難しいようにも思えるが、「あくまで事業性を伴った上で、社会課題を解決する」と鮄川。
今後、バングラデシュなどの社会起業家に対して、プロダクト開発などのサービスを提供する“スタートアップスタジオ”事業の立ち上げも検討しているそうだ。
最後に鮄川は今後の展望についてこう語ってくれた。
「日本には素晴らしいグローバル企業がありますが、私たちのようなプロフェッショナルサービス領域で突出している企業は多くありません。自分たちを“日本企業”とは思っていませんが、成長市場であるアジアや中東から、グローバルカンパニーとしてより注目されるよう、これからも存在感を発揮していきたいと思います。
これまで、ベンチャーキャピタルなどの投資会社に加えて、マーケティング、コンサルティング、インフラといった様々な領域の上場企業からも資本業務提携を締結させていただいています。サウジアラビアからも出資を受けていますが、同国の国家ビジョンに対しても、当社の知見やリソースが活かせる余地は大きい。一事業、一社では、実現できない未来を共創・協業でつくっていきたいですね」