ビジネス

2020.11.10 18:00

「一人称で語れ」という理由


このときの米国人女性上司との出会いは強烈だった。赴任前年、日本でソフトウェアの技術部門を率いていた山口は、グローバルの責任者から、メンバーにあるスキルを習得させるよう指示される。しかし、そのスキルを重視していなかった山口は無視。日本だけが進捗のレポートを出さず、上司は激怒した。

翌年の米国赴任で、その上司のもとで働くことに。さすがにまずいと考え、「去年はこういう理由で指示に従いませんでした。その理由を伝えなかったことは問題でした」と書いてオフィスを尋ねた。

「彼女は一読すると紙をゴミ箱に捨て、何もなかったかのように私の英語の文章の添削を始めました。それからとても仲良くしてくれた。おそらく正直に話したことを評価してくれたんでしょう」

自分の考えをきちんと伝えることが信頼につながる──。山口はそれを「一人称で語る」と表現して、社員にも勧めている。

「IBMのソリューションだからとか、上司に指示されたら売るというのでは、お客様は信頼してくれません。自分がどう思っているかが大事。社員にはこの1年、そのことを繰り返し伝えてきました」

自分の言葉で顧客に提案するには、製品やソリューションについての深い理解が欠かせない。営業にもAI開発に使われるプログラミング言語Pythonの研修を行うなど、教育を大幅に増やした。役員にいたっては、研修時間が倍以上に増加。山口の社長就任後、社内の雰囲気は明るくなったが、ぬるくなったわけではない。教育の面では、むしろ求められる水準が上がっている。

トップも例外ではない。山口はSlackで日々、自分の仕事や考えを社員に発信している。一人称で語るには、やはり勉強が必要だ。もともとエンジニアとして技術は学んできたが、社長になると、「他社の決算発表まで気になる」と、経済や社会の問題にも関心が広がった。

勉強は毎朝1〜2時間。週末には、まとめて調べものをする。社会は変革期にあり学ぶべきことは多いが、「いまが一番おもしろい」。それが強がりでないことが、心底楽しそうなスマイルから伝わってきた。

山口明夫◎1964年生まれ、和歌山県出身。87年、大阪工業大学工学部卒業後、日本アイ・ビー・エム(IBM)入社。グローバル・ビジネス・サービス事業の役員やIBMコーポレーション(米国IBM本社)経営執行委員など歴任し、19年5月より現職。

文=村上 敬 写真=間仲 宇

この記事は 「Forbes JAPAN Forbes JAPAN 10月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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