──山中さんは、JAXAとともにデザインスタディとして、過去に有人小惑星探査船をデザインされたことがありましたね。
そのときご一緒したJAXAのエンジニアが、ずっと「美しい宇宙船」を作りたいという夢を持っていたというのです。そこで私たちは美しい宇宙船を作ることの意味と可能性について議論しながら、ともにデザインしていきました。JAXAのエンジニアとのやりとりはとても新鮮でしたよ。
宇宙船の場合、向かう星と旅程を決めてからデザインをはじめますから。目標はできるだけ少ない燃料で、それもできれば6カ月以内で帰ってこられるルートを探すこと。それまで私がデザインしてきた乗り物の行き先や出発日は買った人が決めるものだったので、あまりにデザインの計画手順が違うので感動すらしました。
デザインスタディとしての、有人小惑星探査船のモックアップ(スケールモデル)。(c)2012 Yukio Shimizu
宇宙では人の美的感覚がすぐには働かない
──地上の乗り物と宇宙の乗り物のデザイン。圧倒的な違いとはなんでしょう?
色々ありますが一番強く感じたことは、人は宇宙で展開される構造物に対して、美的直感がすぐには働かないということです。なぜなら人の美的直感というものは、空気や水、重力の影響をとても強く受けているから。
例えば動物の骨格の美しさは、基本的に重力に逆らうため、空気抵抗を減らすために育まれた形ですし、樹々も風に対してしなやかに対応するためにあの形になっていったのでしょう。私たちはそうしたものを日々美しいと感じています。
スピード感のような美意識もまた、私たちは流体中の移動体が持つ合理性を引きずっているわけですが、宇宙には空気も水も重力もないわけです。その環境を相手にした乗り物をデザインする。美しくするということは、かなり手強いことなのです。
(左)山中さんが描いた有人小惑星探査船のデザインスケッチ。(c)2012 Shunji Yamanaka(右)スケッチからの、有人小惑星探査船のモックアップ(スケールモデル)。(c)2012 Yukio Shimizu
──空気や重力という見えないものが、私たちの「美しい」という概念にかなりの影響を与えている。それはとても興味深いです。
ただそういうなかでも重力の影響をほとんど受けていないように見える生物がいるんです。放散虫と言いますが、「虫」と名前に付いてはいるものの、実際は体長が0.1ミリ程度の海生プランクトンの一種です。5億年ほど前から海の中で進化してきたこの放散虫の形が、まるで宇宙船のようにも見えるんです。無重力下の宇宙生命も、きっとこんな形なのだろうと思いますよ。
放散虫。(c)2012 Shunji Yamanaka
──宇宙という概念や環境が、山中さんの日々のクリエイションに影響を及ぼすことはありますか?
宇宙の営みのなかで、今自分がこうして地球に生きているということは一体何だろう。自分はなんてちっぽけな存在なのだろうと、宇宙とはやはり、そういう巨視的な視点をつねに与えてくれます。そして宇宙を含めた自然科学は、私にとって想像力を刺激してくれるもの。人生の大切なモチベーションでもあります。