これを受けて、政府が緊急会議を開いたことも明らかとなり、クマの棲む山中では、多くの地域で、エサとなるブナなどの木の実が不作であることも報告された。
このように、クマが人の生活圏に出没するときは、山で足りないエサを求めてやってくるものだと思われる傾向がある。また、人身事故などが起こると、クマは積極的に人を襲い、人を捕食の対象としているような印象も強める。
しかし、これらの理解のすべてが正しいわけではなく、クマという動物の行動の一端を過大に解釈している節があることも強調しておきたい。
クマは元来人を恐れる動物
北海道の酪農学園大学で、野生動物生態学を研究する佐藤喜和教授の話によると、市街地に出没するヒグマ(北海道ではヒグマ、本州以南にはツキノワグマが生息している)の行動の特徴は、季節によって異なるという。
春から初夏は、親離れと繁殖の時期にあたり、親離れしたばかりの若いオスが、新しい住処を求めて行動域を広げた結果、市街地に出てしまうことがある。また、0才の子グマを連れたメスが、オスの成獣を回避するため(母グマは子グマが独り立ちするまで発情しないため、発情を誘発しようとするオスにより、子グマが殺されることが多々ある)、あえて市街地付近を利用することもある。
どちらも市街地にエサを求めて出没するわけではなく、基本的には、人を恐れている個体が多いという。
初夏から晩夏にかけては、果樹や農作物を求めて出没する個体が増える。郊外の住宅地や家庭菜園、農地が入り混じる地域や農村で、エサを目的に出没する。この場合も人を避けて、夜行性になることも多く、くり返し出没する傾向があるのだそうだ。
広い土地を有する北海道とは異なり、本州では住宅街や市街地のすぐ背後まで、クマが生息する山が迫っている場合があり、そのような環境では、時に思いがけず、人の生活空間で、クマと遭遇する可能性が出てくる。
「鈴の音」がクマ除けになることからもわかるように、クマは元来、人を恐れ、できることなら遭遇を回避しようとする動物だ。それでもクマが人を襲うのは、クマ自身が身を守るための最後の手段だと感じた場合や、子グマを守るためである場合が多いとされる。
また稀に、人を恐れるに足りない存在だと学習した場合、積極的に人を襲うケースも報告されているため、過度に人に慣れさせないことが重要とされている。餌付けするなどは言語道断の行為だ。
また、「クマにあったらどうするか アイヌ民族最後の狩人 姉崎等(姉崎等、片山龍峯著/筑摩書房)」という書籍では、アイヌの猟師である姉崎氏が、鈴の音に慣れてしまうクマも存在することを語っており、興味深い話だと感じた。クマ除けの鈴をつけた人が、しょっちゅう分け入る山中では、普段は山では聞かれない音、例えば空のペットボトルをペコペコと鳴らす音などのほうが、クマを警戒させる効果があるのだという。
いずれにしても、ここに人がいるから近づくな、人は怖い存在だ、という警告を発しておくことが重要で、クマも根本的には人を恐れ、危険を回避しようとしていることに変わりはない。