クマがもつ合理的な生態
さらに、クマが、はじめから人を捕食の対象とする動物ではないことも、紹介しておきたい。
クマは、その大きな体と鋭い爪や牙をもつという風貌から、獰猛な肉食獣のイメージを持たれがちだが、実際には雑食性の動物だ。川魚や鹿などの動物を捕食する場合もあるが、草や木の実、果実が豊富である限りは、それらを主なエサとして過ごしている。
木の実や果実は、生えている場所や実りに地域差があるため、それらが不足する地域では、補うためのエサをほかに求め、昆虫や小動物など多様なものを食して過ごす。ある意味、クマは、その場の環境に応じて、臨機応変に生き抜いているとも言える。
また、臨機応変な生態という意味では、特徴的な妊娠と出産のサイクルをもつところも興味深い。
クマのメスは、6月に排卵し、交尾をする。その時点で、体内には受精卵が存在することになるのだが、受精卵が子宮に着床し、妊娠を成立させるのは11月上旬と、長い場合は5カ月もかかるのだ。この現象を「着床遅延」と呼ぶが、その詳しいメカニズムはいまだに解明されていない。
受精卵が無事着床し、妊娠できるか否かは、冬ごもりに入る前の秋口に、十分な栄養を蓄え、体を肥やすことができたかどうかにかかっているという。十分な蓄えができていないメスは、たとえ受精卵を宿していたとしても、妊娠に至ることがない。クマは、飲まず食わずの冬ごもりの最中にあたる、1月下旬に出産するが、体力を消耗する妊娠と出産に耐え抜ける母体となるか否かが鍵となるのだ。
このように、クマは、その時の自然環境や条件に応じて、実に合理的な生態をもっている動物なのだ。
冬ごもりの準備期間である晩夏から秋口までには、クマは栄養を溜めこむため、できる限りのことをする。妊娠、出産のかかっているメスはもちろんのこと、冬ごもり明けの縄張り争いまでを持ちこたえる体力の蓄えが必要なオスにとっても、この時期の栄養摂取は、死活問題なのだ。
そして、栄養を蓄えるため行動圏を広めた結果、人の生活と摩擦が生じる場面が発生することにもなる。
同時に、クマが人の生活圏に出没する背景には、個体数が増え過ぎている場合なども考えられる。
これらの出没に対して、どのように人が介入し、対策するのかは、生態学的な判断を問われることも多い。クマを恐れること、また駆除する行為は、本来、クマの生態や習性を理解したうえで、なされるべきことだ。
近年では、クマを「危険な生き物」として紹介するテレビ番組等も増え、生態の一面だけが誇張された情報が流れることがある。そのたびに、自然の条件に身をゆだねて生きるクマの生態の一面を伝えたい気持ちになるのだ。
連載:獣医師が考える「人間と動物のつながり」
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