ボーダレス・ジャパン 代表取締役社長 田口一成

2020 Finalist Interview

ボーダレス・ジャパン 代表取締役社長 田口一成

#10

世界13カ国で
37のソーシャルビジネスを展開

田口一成が代表取締役社長を務めるボーダレス・ジャパンでは、ソーシャルビジネスに特化して事業を設立・運営し、さらに社会起業家の育成に取り組んでいる。同社では、新卒・既卒、就業経験の有無を問わず、あらゆる人を対象に、ソーシャルビジネスでの起業と起業後の黒字化をバックアップする事業だ。相談者が来ると、まずはどんな社会的課題に対して、どのようにアプローチするかをヒアリングし、ビジネスプランの策定を手助けするのが第一段階。そして構想が固まったビジネスプランを全グループ会社の社長が参加する「社長会」にかけ、満場一致の承認を得た後、初期投資とランニングコスト合わせて最大1500万円の資本金を、事業を立ち上げた起業家に手渡す。事業がスタートすると、マーケティング、ブランディング、プロモーションなど、成功に必要不可欠な業務をサポートし、社会起業家が事業に集中できる環境を提供していく。

軍資金1500万円の財源は、社内の共有資産。同社ではそれを「共通のポケット」と呼び、すでに黒字化した事業から生み出される余剰利益をすべてその「共通ポケット」にプールしている。そして、新たなソーシャルビジネスの創出のための資金に充てているのだ。

このようにして日本、韓国、インド、バングラデシュ、ミャンマー、ケニアなど13カ国の拠点で、37もの事業が立ち上げられてきた。例えば、バングラデシュの都市部における貧困層の雇用問題を解決するために立ち上がったレザーブランドの「Business Leather Factory」や、地球温暖化問題を解決するために立ち上がった自然エネルギーを提供する「ハチドリ電力」はその一部だ。事業ごとに分社化し、ボーダレス・ジャパンがそれらを抱える体制をとっている。

ソーシャルビジネスとの
出会い

田口は19歳のときに初めて社会的課題というものを意識した。きっかけは、貧困問題にクローズアップしたドキュメンタリー映像を偶然目にしたことだった。食べ物がなくて栄養失調になっているアフリカの子どもたちを見た当時を田口は、こう振り返る。

「社会がこんなに発展して、テクノロジーも進歩しているのに、いまだに地球上にはこんなに苦しんでいる人がいる。長い時間をかけて世界中の人々が貧困問題に取り組んできたのに、なぜ解決できないのか。これこそが自分が探し求めていた、人生をかける課題だと思いました」

田口が学生生活を送っていた2000年代初期は、まだ“ソーシャルビジネス”という言葉が浸透しておらず、社会的課題を解決するといえばNGOでの活動を連想するのが一般的だった。社会起業家としてのビジネスモデルがないなかで、田口の心を決したのは、「本当に貧困の現状を変えたいなら、自分でお金をコントロールできるようになるべきだ。寄付金に頼っていては、大きな変化は望めない。社会を変えたいなら、ダイナミックかつ継続的に支援するための資金が必要だ」という、あるNGOの職員の言葉だった。

大学卒業後、まずはビジネスの基礎を学びながら資金を集めるためにミスミに就職した。無我夢中で働き、2005年に念願の起業を実現する。だが、はじめは鳴かず飛ばずだった。数人の社員を集め、いざ社会的課題の解決に取り組もうと張り切ったものの、売り上げはほとんどなく、社員全員でアルバイトをしながら会社を支えなければならなかった。

ようやく軌道に乗り始めたのは、08年に多国籍シェアハウス「BORDERLESS HOUSE(ボーダレスハウス)」を始めた頃からだった。この事業がそれまでと大きく違ったのは、当時の貸主の差別・偏見が原因で外国人は物件を借りられない、という社会課題を不動産事業というビジネスで解決しようとしたことだった。ボーダレスハウスは、そうした課題のソリューションとして、自社で物件を借り上げて貸主に家賃を保証し、国籍に関係なく外国人が安心して日本に居住できる環境を提供した。さらに、このシェアハウスを日本人も共同生活できる場として、外国人との異文化交流も推進している。国内で瞬く間に人気を得ると、12年に韓国、14年に台湾と海外への進出を果たした。

これをきっかけに、田口は「ビジネスそのものが社会問題解決の手段となり得る」と確信し、ソーシャルビジネスで世界の社会問題を解決していくことを決意した。
2010年にはミャンマーの小規模農家にハーブの買い取りを保証するフェアトレード事業「AMOMA natural care」も開始。多国籍シェアハウス事業の成功を機に、ようやく社会課題を解決する事業をいくつも手がけられるようになっていったのだった。起業してから、本来の目的に着手するまでに、実に5年近くの時間を要したことになる。

「いま社会起業家を志す人をサポートしているのは、創業期の苦しかった経験があるから。会社の経営を安定させるために、本来の目的ではない仕事をするのは苦しかった。会社を経営するためには、どうしても本来の目的とは違う作業や取り組みもしなければなりません。一人でも多くの社会起業家がそんな回り道をせずにソーシャルビジネスに専念できるよう、ボーダレス・ジャパンでは広報活動やマーケティングといった、黒字化に必要だけど本業ではない作業を代行しています」

社会的課題の解決のために起業し、前例のないところからビジネスを生み出し、いまでは人材育成にも熱心に取り組んでいる。田口を突き動かすものは一体何なのか、最後にその熱源を聞いた。

「より大きな社会的インパクトを残し、この世から去っていくときに『少しでも社会をよくすることができた』と言えるようになりたい。それが、自分の生きる意味だと思っています。ところが、ひとつのソーシャルビジネスを立ち上げ、成功させるまでには数年かかってしまう。人間の寿命を考えると、自分が立ち上げられるプロジェクトの数は、社会に山積する貧困、差別・偏見、環境問題の総量の比にならないわけです。それではあまりにもインパクトが小さすぎる。だから、自分が築いたソーシャルビジネスのノウハウを社会に広げ、社会起業家を育てて社会に種蒔きをするという現在のビジネスモデルにたどり着きました。ボーダレスジャパンが、社会起業家とソーシャルビジネスのプラットフォームとして今後も成長を続け、地球上になくてはならない存在になるよう、今後も走り続けます」

ボーダレス・ジャパン

東京オフィス/東京都新宿区市谷田町2-17 八重洲市谷ビル6F
TEL/03-5227-6980
URL/https://www.borderless-japan.com/
従業員数/計1,123名(役員含む、2020年1月時点)

ボーダレス・ジャパン 代表取締役社長 田口一成

田口一成◎1980年、福岡県生まれ。早稲田大学在学中に米ワシントン大学に1年間留学し、2004年、大学卒業後にミスミに入社。2005年、25歳でボーダレス・ジャパンを設立。07年に同社を株式会社化。12年の韓国オフィス開設を皮切りに、現在までに海外13カ国に拠点を増やしてきた。地球温暖化防止活動も積極的に行い、20年、CO2を出さない電気販売「ハチドリ電力」を開始。

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text by Ayano Yoshida | photograph by Masahiro Miki | edit by Akio Takashiro