本書は「性的マイノリティ当事者の苦労話」「LGBTQのケーススタディ」では到底説明しきれない、広がりがある一冊である。仮に、トランスジェンダーという設定を他のマイノリティ(人種、宗教、身体的特徴)に置き換えたとしても、この物語は本質的に変わらない。
それにしても、この10年で性的マイノリティに向けられる眼差しがいかに変わったことか。その静かな地殻変動は偶然起こったものではなく、杉山をはじめとして声をあげ行動してきたアイコニックな起業家たちが起こしたうねりの産物だ。
当事者とアライが気軽に立ち寄れる「場」としてのカフェ。東京レインボープライド。そして、渋谷区の同性パートナーシップ条例。いずれも「あったらいいな」「やってみたい」という思いがあり、新宿二丁目の150店舗に挨拶回りするなどの地道な行動から始め、たくさんの問題が発生しながらも、応援してくれる人たちの輪が大きくなり、最終的には実現する。
東京レインボープライドの様子(2019年4月28日撮影、Getty Images)
杉山のような存在を殊更「社会起業家」と呼びたくないのは、無から有を生み出し、多くの人の人生を変えるようなインパクトを与える点においては、営利も非営利も変わらないし、その道のりは驚くほど似ているからだ。
起業家が自ら綴る後日談は、通常もっとカッコ良いものだ(南場智子著「不格好経営」は、不格好だけどカッコいいからずるい)。しかし、本書の杉山はとにかくカッコ悪い。
彼女のLINEを盗み見て落ち込んだり、不安になって弱音を吐いたり、いつもどこか自信がなさげである。しかしそんなカッコ悪い、赤裸々な描写こそが(時にこちらもハラハラする!)、起業家のリアルな歩みだったりもする。本人も「調整型リーダー」と書いているが、たくさんの人に配慮しながら、人々巻き込んでいく。障害があっても、諦めずに一歩一歩前へ進む。そして、その先にあるのが、「無から有を生み出す」という結果である。その歩みは実はカッコ良いのだ。
「ただの苦労話ではない」と冒頭で書いてみたものの、本書で改めて知る杉山の苦労は並大抵のものではない。
子供の頃から顔見知りだったはずのガールフレンドのお母さんに拒絶され続ける。著書を読んで相談に来た若者たちが次々と命を絶っていく。そして本人も「20歳でカミングアウトし、30歳で死のう」と決めて過ごした思春期がどれだけ苦しいものだったか。