ビジネス

2020.11.08 11:00

「魚の価値」に革命を。神経〆のプロ長谷川大樹

「さかな人」代表 長谷川大樹氏


その背景には、大学を1年間休学して赴いた「口永良部島」での経験がある。鹿児島港からフェリーを乗り継いで6時間以上の離島で、モリで魚を突く名人として「海のターザン」との別名を持つ渡邉一美氏に師事。「起きている時間はほぼ海で過ごした」という。
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今は多くの地域で法律で禁止されているためにできないが、海中で魚の急所を狙って一発で仕留め、その場で神経〆をする「海中神経〆」を体得している長谷川氏は、社名の通り、魚のような生活を送ってきた、「さかな人」なのだ。



魚は、処理をする際に暴れると、体温が上がって身が焼けるだけでなく、ストレス物質が出るために、傷みやすくなってしまう。逆を言えば、暴れさせずに処理ができれば、本来の味を引き出したり、長持ちをさせたりできるため、これまで食べられてこなかった魚も美味しく仕上げることができるということだ。
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冒頭で紹介した「寿司といえば本マグロ」という寿司の常識を覆す寿司店は、熟成寿司で世界から注目されている東京のミシュラン2ツ星「すし㐂邑」だ。主人の木村康司氏は、長谷川氏が扱うカジキを愛用する職人の一人。昼も夜もコースで3万3000円という高級店だから、日本中から最高の食材を取り寄せられるが、あえて本マグロではなく、カジキで勝負する。

長谷川氏がカジキにかける情熱は、その言葉からも伝わってくる。魅力を尋ねると、「大きい、おいしい、かっこいい」という答えが返ってきた。ヘミングウェイの遺作とされる「老人と海」は、巨大カジキと格闘する老漁師の話だが、そんなロマンを掻き立てる魚でもあるのだろう。

手間をかけて「質の漁業」へ


では、カジキはなぜ日本であまり高く評価されてこなかったのか。これまでは、定置網にかかるなどして水揚げされたものがそのまま運ばれて来ていた。長いくちばしがつき、時には300キロにもなる大物もいる。大きすぎて、合うサイズの水槽がないため、市場でも常温で置かれる他なく、いたみやすく、匂いも出てしまっていた。

それを、長谷川氏が、船上での〆かた、内臓取り血抜きをする方法を教え、専用の水槽まで作ってすぐに氷で冷やしこむようにしたことで、高い品質を保つことができるようになった。同じ一つの命も、品質が上がり、落札価格は以前の約3倍に。手間は増えても、漁師の収入は格段に上がり、「量の漁業」をしなくてもすむ。

5年前に長谷川氏がこの長井漁港に足を踏み入れた時には、神経〆は普及していなかったが、徐々に教えが広がり、今はセリの終わった活魚の水槽の周りのそこここで、神経〆を行う姿が見られる。


この日も、次の入札までの合間の時間に「よお、ちょっと手伝ってくれよぉ」と年配の高級魚の卸店の主人から声がかかり、長谷川氏は「一回スパイク(神経〆の最初の処理)500円だよ!」などと軽口を飛ばしながら鮮やかな手捌きで手伝っていた。
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文・写真=仲山今日子

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