ドミニク・チェンが世界中から集めた「わかりあえなさ」の形

展覧会ディレクターを務めるドミニク・チェン


日常の中に「わかりあえなさ」は多く存在している。慣れ親しんだ世界にも完全に理解できないものが溢れていることを肯定的に捉えようというのが、展覧会のひとつのメッセージだ。

何も会話のなかだけではない。ドミニクが専門としている情報学の世界では、SNSが「わかりあえなさ」の象徴となり、社会の分断を助長しているとも指摘する。字面だけ捉え、実際に対話をするときのプロセスがすべて抜け落ちてしまっているからだ。

「対話では、互いの表情など言葉以外の膨大な情報を受け取っています。しかし、SNSでは、そうしたノイズをカットした状態で、文字だけで判断しているからこそ悪い意味で『わかりあえあなさ』に直結してしまいます」

アメリカから世界へ広がったBlack Lives Matterのデモをはじめ、人種、ジェンダーや職種に対する差別への想像力を掻き立てるには、世界中にはいろんな感覚を持った人たちが存在することを知ることが重要だ。

それを知る最善の方法は、芸術と文学だとドミニクはいう。

「母語に翻訳された世界文学を読むことで、普段生活をしている世界が絶対的ではないことを実感できます。それは自らが生きている世界を押し広げてくれる感覚と出会うことだと思うんです」

そうして、自身の感覚を押し広げることにより、少しでも自分と異なる他者へ思いを馳せることができるのではないだろうか。

「たがいの『わかりあえなさ』をわかりあうことで、世界中でいまなお存在するさまざまな差別問題に対し、いろいろな形の処方箋があるということを少しでも提示できたら良いなと考えています」

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他国語に変換できない言葉を展示した「翻訳できない世界のことば」エラ・フランシス・サンダース

そして翻訳とは、言葉を用いる会話だけではなく、それ以外のコミュニケーションに関わるものでもあると言う。

「翻訳と聞くと、ある言語を別の言語へと変換することが想起されますが、たとえば視覚障がいを持つ方々は、形として文字を認識することができませんが、文字を音に変換することで認識できるようになります。機械翻訳だけではなく、情報を別の形に変換する作業も拡大解釈していくと翻訳行為として見て取ることができますよね。技術が発達したことに伴い、これまでコミュニケーションを図ることが難しかった人同士でも意思疎通をすることができるようになってきました」
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写真=山田大輔 文=本多カツヒロ

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