時間が幾重に重なったヴェール越しに瞬く光。古いモノクローム写真の人物たち。墨とアクリル絵具で描かれたサルの表情。国と国を遠く隔てる大洋が海岸に打ち寄せる波の音。寂しげな椅子が見まもる潮風にそよぐカーテン。作品の中の要素はすべて、揺らぎ、漂っている。
軽やかに、しかし骨太な感覚をもって迫る作品を生み出す、気鋭の作家にバックグラウンドを聞いた。
──いまの苗字は、ご両親の姓からなんですね。
私には日本とルーマニアという2つの祖国があります。でも、中学生から高校生までは「日本人」として生きたいと思っていて、ずっと「落合安奈」でやってきたんですね。ある時から、両方の国の人間として生きたいという想いが生まれました。
「スクリプカリウ」は、昔父から「村のバイオリン弾き」という意味だと説明されていました。大人になって自分で調べたら、ロシアやウクライナあたりにも多い名前でした。スクリプカが「バイオリン」で、リウが「専門家」といった意味らしいです。だから「バイオリンの専門家」となるようですね。
──再び2つの国の姓を名乗るようになったのは、藝大に進んだ頃ですね。作品制作にも結びついていますか。
はい。私自身が2つの国に根を下ろす方法を模索したことをきっかけに、「土地と人の結び付き」というテーマを持つようになりました。それで、国内外で土着の祭りだったり、信仰だったり、文化人類学的なフィールドワークを日本とルーマニアを中心に他の国でも行ってきました。最近はその延長として、霊長類学にも関心を持って取り組んでいます。
時間や距離、土地や民族を超えて、物事が触れ合い、地続きになる瞬間を紡ぐという作品を、写真や映像、絵画など、さまざまなメディアを使って、インスタレーションだったり、ときには平面作品だったり、その時々のテーマに合わせて作品にアウトプットして制作しています。
『Blessing beyond the borders ─越境する祝福─ 』。埼玉県立近代美術館で開催中の個展(2021年2月7日まで)と同タイトルの大型インスタレーション。土地の祭りのイメージを記録した、二重螺旋を描く10m四方の写真群。その内部を、鑑賞者は時間を上り降りしながら行き交う。