水をコントロールし、人間を解放する。WOTA前田瑶介が挑む今世紀最大の課題#30UNDER30

WOTA代表取締役CEOの前田瑶介


「簡単に言えば、浄水場を小型化したもので、浄水処理と排水処理を一緒に行います。独自開発してコストを抑えたセンサーで水やフィルターの状態を把握して、そのデータをもとに水処理を自律制御します。循環させる水は最初に装置と一緒に運んでもいいし、川や学校のプールなどがあれば、その水をきれいにして効率的に使うこともできます」

WOTA BOXは、19年秋、台風15号の被害に遭った千葉県や神奈川県、台風19号で被災した長野県でさっそく活躍した。今年同社が開催した避難所開設・運営のオンライン講座には全国から318の自治体が参加。自治体がWOTA BOXに寄せる期待は大きい。


災害現場で活躍するポータブル水再生プラント「WOTA BOX」。最先端のAI水処理技術によって、一度使った水の98%以上が再利用可能に。2020年度グッドデザイン賞を受賞

災害による水インフラの寸断は、緊急に対処しなければいけない問題だ。ただ、クリティカルな水問題はほかにもある。地球上の水のうち、淡水は2.54%。地表にあるのは0.01%で、しかも場所によって不足や汚染があり、使える淡水がない地域も多い。前田が例に出すのは、建築学科の院生だったころに生活調査で訪れたフィリピン・マニラだ。

「スラムのバランガイ(最小行政区)に1カ月、泊まり込みで調査しました。水環境は最悪。住民は健康被害を受けていますが、水に何が混じっているのか見えないので、危険だと認識されずに使われていました。昨年末に行ったケニアやタンザニアもそう。こうした場所でも、きれいな水を使えるようにしないといけない」

日本の水処理技術は世界でもトップクラス。しかし、意外にも水処理の工程は酒蔵のように職人技で成り立っている。各地の浄水場では、職人的な職員が長年の経験に基づいて、匂いや色を見て、処理方法を判断している。きわめて属人的なシステムゆえに日本の水処理技術は輸出が難しかった。WOTAはこれをセンシングとAIによる制御で自動化し、世界中どこでも実現できる状態を目指している。実現すれば、汚水しかない地域でも安全な水を使えるようになる。

都市もひとつの生き物だ


もともと前田は水の研究者ではなかった。自然豊かな徳島県美馬市で育った小中高時代は、生物領域の研究に専心していた。生命の複雑さに魅せられたからだ。

「『クモの糸は非常に強度が高い繊維です』と言っても、育った場所や食べたものなど個体によって強度は違うはず。その複雑さを理解したくて、山中でクモを捕まえては糸の引っ張り試験をしている子どもでした」

しかし、そのまま生物研究に進まないところが前田らしい。きっかけは、要素還元主義が支配していた生物学に一石を投じたスチュアート・カウフマンの著書『自己組織化と進化の論理』だ。カウフマンは、生物の細胞は一つひとつ個別の目的を持って活動するが、同時にその生命体を定義づける全体性、つまり自己組織化する性質も持っていると主張した。この複雑系の理論を生物以外で研究するとしたら何か。興味を引いたのは都市だった。
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文=村上 啓 写真=平岩 享

この記事は 「Forbes JAPAN No.076 2020年12月号(2020/10/24発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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